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境町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
さかいまち ウィキデータを編集
境町
境町旗 境町章
境町旗
1978年11月29日制定
境町章
1966年9月26日制定
国 日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 茨城県
郡 猿島郡
市町村コード 08546-4
法人番号 3000020085464 ウィキデータを編集
面積 46.59km2
総人口 23,892人 [編集]
(推計人口、2026年10月1日)
人口密度 513人/km2
隣接自治体 古河市、坂東市、猿島郡五霞町
千葉県野田市
町の木 モクセイ
町の花 カンナ
境町役場
町長 橋本正裕
所在地 〒306-0495
茨城県猿島郡境町391-1
北緯36度06分30秒 東経139度47分42秒 / 北緯36.10847度 東経139.79494度 / 36.10847; 139.79494座標: 北緯36度06分30秒 東経139度47分42秒 / 北緯36.10847度 東経139.79494度 / 36.10847; 139.79494
外部リンク 公式ウェブサイト

境町位置図

■ ― 市 / ■ ― 町・村

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境町(さかいまち[1])は茨城県西地域の猿島郡にある町。利根川と江戸川の分岐点に位置する[2]。関東大都市圏[3]、古河都市圏に属する。

概要

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郡内の中央部をしめ、諸官庁が多く地方行政産業文化の中心地である[1][注 1]。

江戸時代は関宿藩に属し、利根川対岸の城下町と一体と看做され、河川舟運を活かして発展した。慶長年間に河岸が設置され、安永3年(1774年)には河岸問屋2軒が公認された。その翌年の統計によれば、奥州から江戸に向かう荷物が年間3万駄、その反対の荷物が7千駄であり、高瀬舟や艀舟などが計129隻あったと記録されている。廃藩置県後は猿島郡役所及び西葛飾郡役所が置かれた。

現在の境町は昭和の大合併で、旧境町、長田村、静村、森戸村、猿島村との合併により誕生した。平成になって、現在は坂東市となった岩井市及び猿島郡猿島町との合併が検討されたが、住民投票の反対多数により単独町制継続となった。

地理

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利根川が町の南端を東西に流れる。東京都心から比較的近い約50〜60キロメートル(km)にあり、上述の通り関東大都市圏に属する。旧境町を中心に公共施設、商店街、大型店、住宅地が集中する一方、郊外はのどかな田園風景となっている。

また町内には猿島台地があり、台地上では地の利を生かしてさしま茶が生産されている。

河川

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池沼

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歴史

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年表

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  • 1878年(明治11年) : 境町に猿島郡役所・西葛飾郡役所が置かれる。
  • 1889年(明治22年)
    • 境町が単独で町制施行し、猿島郡境町が成立。
    • 塚崎村・横塚村・稲尾村・志鳥村が合併し、村制施行して猿島郡静村が成立。
    • 長井戸村・猿山村・蛇池村・下砂井村・栗山村・西泉田村・上小橋村が合併し村制施行して猿島郡長田村が成立。
    • 下小橋村・染谷村・浦向村・金岡村・大歩村・山崎村・内門村が合併し村制施行して猿島郡猿島村が成立。
    • 伏木村・一ノ谷村・百戸村・若林村が合併し村制施行して猿島郡森戸村が成立。
  • 1899年(明治32年) : 森戸村が千葉県東葛飾郡二川村の利根川北側(新田戸の一部・桐ケ作の一部)を編入し大字新田戸・桐ケ作を設置。
  • 1955年(昭和30年)
  • 1960年(昭和35年)
    • 4月30日 : 西泉田に町営ごみ焼却場が竣工する。
    • 10月1日 : 第9回国勢調査で人口2万2587人を数える。
  • 1962年(昭和37年) : 猿山工業団地が竣工する。
  • 1964年(昭和39年)2月11日 : 境大橋が架橋される。
  • 1966年(昭和41年)9月26日 : 町章が制定される。
  • 1969年(昭和44年)6月1日 : 合併により境町