コンテンツにスキップ

角膜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(角膜炎から転送)
ヒトの目の構造
角膜の層。
フクロウの角膜

角膜(かくまく、英 : cornea)は、眼球の前面を覆う透明な層状の組織である。外界に直接面しており、目に光を取り入れる窓の役割を果たす。

視覚器官は多くの生物に見られるが、角膜の構造を備えるのは脊椎動物や、節足動物、軟体動物、環形動物などに限られる。ヒトの角膜は直径約12mmの時計皿状の形態をしており、厚さは中央部が約0.5mm、周辺部が約0.7mmである。強い屈折力を持ち、眼球全体の屈折力の約3分の2を担うため、ピント調節を行う水晶体とともに強力なレンズの役割を果たしている。

血管が存在しないため高い透明度を維持しているが、一方で三叉神経の末梢枝が密に分布しており、生体の中で最も痛覚に敏感な組織の一つである。表面は常に涙液層で覆われ、乾燥や細菌感染から眼球内部を守っている。

発生学的には、角膜の上皮組織は体表外胚葉に由来し、実質および内皮組織は神経堤(外胚葉性間葉)に由来する。

組織学的構造

[編集]

角膜の微細構造は動物の種によって異なる。哺乳類の間でも層の数には違いが見られ、例えばイヌやネコ、ウシなどは後述するボーマン膜を欠くため4層(または5層)構造とされる。

ヒトの角膜は、外側(体表側)から内側(前房側)に向かって以下の6つの層で構成されている。角膜が高度な透明性を維持できるのは、実質を構成するコラーゲン繊維が一定の太さで規則正しく格子状に配列し、光の散乱を防いでいるためである。

  • 角膜上皮 - 一番外側にある5〜6層の非角化重層扁平上皮。外界からの異物の侵入を防ぐバリア機能を持つ。代謝(ターンオーバー)が非常に活発で、傷がついても数日で完全な再生が可能である。
  • ボーマン膜(外境界膜) - 上皮細胞の直下にある、細胞を含まない透明な膠原繊維の層。上皮を支える役割を持つが、一度破壊されると再生しないため、傷跡(角膜混濁)が残りやすい。
  • 角膜実質 - 角膜の厚みの約90%を占める主要な層。規則正しく並んだコラーゲン繊維と、その間を埋める基質(プロテオグリカン)、および角膜細胞からなる。
  • デュア層 - 2013年にノッティンガム大学のハーミンダー・デュア教授らの研究チームによって発見された、厚さ約15µmの非常に強靭な無細胞層。角膜実質の最深部に位置する。
  • デスメ膜(内境界膜) - 角膜内皮細胞の基底膜にあたる弾力性の強い均質膜。内皮細胞を支えており、加齢とともに厚みを増す。
  • 角膜内皮 - 一番内側(前房側)にある単層扁平(〜立方)上皮細胞の層。角膜内の水分を前房へと汲み出す「ポンプ機能」を持ち、角膜の含水率を一定(約78%)に保つことで透明度を維持している。ヒトの角膜内皮細胞は出生後はほとんど細胞分裂せず再生能力がない。そのため、怪我や病気で細胞が減少すると、周囲の細胞が拡大・移動して隙間を埋めるが、一定の密度以下になるとポンプ機能が破綻して角膜が白濁する(水疱性角膜症)。

角膜には血管が進入していない(無血管組織)。そのため、組織に必要な酸素や栄養分は、外側の「涙液」、内側の「前房水」、そして周囲の「角膜縁(輪部)」の血管網から拡散によって供給される。特に上皮細胞は消費する酸素の大部分を空気中(涙液に溶解したもの)から直接取り入れている。コンタクトレンズの装用において、レンズの酸素透過性が重要視されるのは、この上皮細胞の「呼吸」を妨げないようにするためである。

角膜には、三叉神経の第1枝である眼神経(睫毛様体神経)の末梢枝が極めて高密度に分布しており、生体内で最も知覚(特に痛覚)が敏感な組織の一つである。角膜に物理的な刺激や乾燥などの刺激が加わると、反射的に眼輪筋が収縮して目を閉じる瞬目反射(角膜反射)が起こる。この反射の求心路(入力)は三叉神経、遠心路(出力)は顔面神経が担っており、中枢(脳幹)を経由する。反射は両側性であるため、片目を刺激しても両目が同時に閉じる。この特性から、臨床的には脳幹機能や昏睡の深度を調べるための重要な指標として利用されている。

角膜移植

[編集]

角膜は、機能不全に陥った場合に他者からのドナー角膜(アイバンクによる提供)を用いた移植手術(角膜移植)による治療が広く行われている。角膜は前述の通り「無血管組織」であるため、他の臓器や組織の移植に比べて免疫細胞の到達が遅く、拒絶反応(免疫拒絶)が非常に起こりにくいという大きな特徴を持つ。このため、水疱性角膜症や角膜混濁などの難治性疾患に対する治療成功率は比較的高い。

近年では、ドナー不足の解消やさらなる拒絶反応の低減を目指し、人工材料や幹細胞を用いた新しい治療法の開発・実用化が進んでいる。日本の大阪大学の研究グループは、iPS細胞(人工多能性幹細胞)から作製した角膜上皮細胞のシートを患者に移植する臨床研究を行い、世界で初めての手術に成功して以降、治験が進められている。

また、生体由来の材料を活用した人工角膜の研究も活発である。中国では、ブタの角膜から細胞成分を除去して安全性を高めたバイオ人工角膜(商品名:艾欣瞳)が開発され、実用化に至っている。さらに、重度の熱傷や化学外傷などによって通常の角膜移植や上皮移植が困難な症例に対しては、患者自身の歯と周辺の骨組織を土台として利用し、そこに光学プラスチックレンズを組み込んで眼球に移植する「骨歯硬組織利用人工角膜術(OOKP)」という特殊な術式も考案され、最後の手段として研究・実施されている。

角膜炎

[編集]

角膜に傷がついたり、病原体の感染やアレルギー反応などが原因となって炎症を起こした状態を角膜炎(かくまくえん)という。角膜は外界に直接触れており、かつ知覚神経が非常に密に分布しているため、炎症を起こすと激しい症状を伴うことが多い。

原因と分類

[編集]

角膜炎は、病原体の感染が原因となる「感染性」と、それ以外の要因による「非感染性」に大別される。

主な症状

[編集]

角膜には痛覚神経が豊富であるため、代表的な症状として激しい目の痛み(眼痛)や、異物感(ゴロゴロする感覚)が現れる。また、刺激によって涙の量が増え(流涙)、角膜周辺の血管が拡張するため充血(睫毛充血)が見られる。炎症が角膜の中央部(光学面)に及んだり、角膜が混濁したりすると、重度の視力障害(視力低下や霞み)や光を眩しく感じる羞明を引き起こす。

治療法

[編集]

治療は原因に基づいて的確に行う必要がある。感染が疑われる場合は、速やかに原因微生物を特定するための検査(擦過培養など)が行われ、適切な薬剤が投与される。

  • 薬物療法:細菌性には抗菌点眼薬、ヘルペス性には抗ウイルス眼軟膏・点眼薬、真菌性には抗真菌薬が用いられる。非感染性やアレルギー性の場合は、抗炎症薬やステロイド点眼薬、角膜保護薬(ヒアルロン酸など)が選択されるが、感染性角膜炎に対して安易にステロイド薬を使用すると症状悪化を招くため禁忌である。
  • コンタクトレンズの中止:コンタクトレンズ装用者が発症した場合は、原因を問わず直ちに装用を中止し、完治するまで再開してはならない。
  • 外科的治療:薬物療法に抵抗し、角膜穿孔(穴があくこと)の危険がある場合や、炎症が治まった後に強い角膜混濁が残り視力障害が著しい場合は、角膜移植術が検討される。

代表的な角膜疾患・角結膜炎

[編集]
  • 流行性角結膜炎(EKC):アデノウイルス感染によるもので、結膜の強い充血とともに対象性の角膜上皮振らん(点状表層角膜炎)を伴う。
  • 角膜ヘルペス:単純ヘルペスウイルスの再活性化により、角膜に樹枝状の特異な潰瘍を形成する。
  • 牛伝染性角結膜炎:モラクセラ・ボービスなどの細菌によって引き起こされる家畜(ウシ)の感染症。

脚注

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]