優秀じゃなくても、会社にいてよかった
先日、大手にいたときの同期と久しぶりに電話をした。
この記事に書いていた、最近結婚した友人。
結婚すると連絡をくれたとき、「いつか電話をしよう」と約束していた。
でも、こういう約束はだいたい口約束になりがちだよなあと、少し切ない気持ちにもなっていた。
ところが先日、突然「今日、電話しない?」と連絡をくれた。
個人で仕事をしていると、基本的には相手の予定に合わせられる。
そのせいなのか、逆にこちらから日程を提案しづらくなるという、謎のジレンマがある。
友人と話すのは、約1年半ぶりだった。
退職してから、わたしは彼女とほとんど連絡を取っていなかった。
もともと、忙しくなったり生活の中で何かに夢中になったりすると、わたしは連絡無精になりやすい。この1年半は、まさにそんな時期だった。
わたしたちには、毎年誕生日を祝い合うような習慣もなかったので、時間が空くほど連絡するきっかけを失っていた気がする。
久しぶりに話した彼女は、ぜーんぜん変わっていなかった。
相変わらず柔らかい話し方をするなあと思いながら、プロポーズのことや最近の仕事について聞き、わたしも自分の近況を話した。
個人で仕事をしていることは、現実の友人にわざわざ自分から話す機会がほとんどない。だから、自分のサービスや今の働き方について説明するのは、なんだか少し緊張した。
彼女から何度も、「すごいね!わたしには考えられない働き方だ」と言ってもらい、ちょっぴり自分が誇らしくなった。
しばらくして、今も会社に残っている同期たちの話になった。
彼女と彼女の旦那さんは、二人とも今も同じ会社で元気に働いている。
でも、入社時には180人ほどいた同期も、今ではずいぶん人数が減ってしまったらしい。
わたしも、わたしの夫も、その中の二人なのだけれど。
さらに驚いたのが、男性の同期にも、心の調子を崩している人がかなり増えていることだった。
在宅勤務だけになった人、勤務時間を制限して働いている人、休職している人。ストレスで声が出なくなったり、無断欠勤を繰り返すようになったりした人もいるという。
わたしがまだ働いていたころは、心の調子を崩して休職したり、働き方に配慮してもらったりしているのは、圧倒的に女性のほうが多かった。
男性では一人しか知らなかったので、そんなにも状況が変わっていたことに驚いた。
わたしが勤めていた会社では、入社してから半年近く、同期でクラスやチームに分かれ、研修を受けながら少しずつ仕事を覚えていく。
そのため同期というより、どこか同級生に近い感覚があった。
近況を聞きながら、「あんなに明るい子だったのに」と悲しくなるような名前も、いくつか出てきた。
そして友人と、「やっぱり、あの部署がおかしかったんじゃない?」という話になった。
友人は、わたしが辞める直前に別の部署へ異動している。
新しい部署で働き始めてから、以前いた部署がパワハラの温床のような環境だったことに気づいたらしい。
実際にそこで心の調子を崩したわたしは、その話を聞いて、なんだか変に安心した。
当時の飲み会がつらかったことや、職場で感じていた息苦しさについて、夫以外の人にようやくきちんと話すことができた。
本当に、ちょっとあまりにも時代遅れな職場だったよね。
わたしたちの職場は、とにかく人と人を比べる環境だった。
働くために専門の国家資格が必要で、入社後も常に勉強を求められる。
誰が優秀で、誰は物覚えが悪い。同期なのに持っている資格の数が違う。大卒、専門学校卒、高専卒のうち、どこがいちばん優秀なのか。
そんなことを、いつも比べられていた。
入社した瞬間から何度もテストを受け、順位も出された。
定期的に上の階級の人に呼ばれて口述の練習をしたり、みんなの前で答えられなかったところを指摘されたりする。誰かがうまく答えられなければ、今度は周りのみんなが面倒を見ようとして、勤務中にも先輩たちが次々と問題を出してくる。
誰かに直接「優秀でなければいけない」と言われたわけではない。
それでも、いつの間にか、優秀でなければここにいてはいけないような気持ちにさせられていたし、同期は仲間というよりライバルに見えていた。
けれど今になって考えると、あれほど、働けない時期がある人も簡単には切り捨てずに雇い続けてくれる場所は、なかなかない。
今、無断欠勤を繰り返しているという同期も、すぐに解雇されることはない。
わたしも復職してから一年近く、短時間勤務をさせてもらっていた。
アル中になって長く仕事を休んでいた先輩もいた。
病気や事情によって、一時的に会社へほとんど貢献できない状態になっても、制度を使いながら回復を待ってもらえる。
これは、一人で働き始めた今になって痛感している、大企業の大きな強みだと思う。
一人で仕事をしていると、自分が動けなくなれば、そのまま仕事も売上も止まる。
代わりに対応してくれる人もいなければ、体調を崩しているあいだも一定の収入が保証されるわけではない。どれだけ苦しくても、仕事を続けるために必要な判断や責任は、自分で引き受けなければならない。
ある意味では、一人で働く今のほうが、よっぽど「優秀でいなければならない」環境なのだと思う。
それなのに、あの会社にいたころのわたしたちは、まるで一度でも遅れを取ったら、その場所にいられなくなるかのように毎日張り合い、ガチガチに緊張しながら働いていた。
本当は、そんなに優秀でなくてもよかったのだ。
もちろん、周りに迷惑をかけないように働くことや、自分の仕事に必要な知識を身につけることは大切だと思う。
でも、一度失敗したからといって、すぐに居場所を失うわけではなかった。
体調を崩したときには休んでもよかったし、人より覚えるのに時間がかかっても、少しずつ身につけていけばよかった。
もっと力を抜いても、あの場所で働き続けることはできたのだと思う。
あのころがあるから、今のわたしがいる。
傷ついたこともたくさんあったけれど、そこで身につけた知識や経験も、出会えた人たちも、今のわたしにつながっている。
それでも、当時のわたしが「そこまで完璧でなくても、ここにはいられる」と思えていたら、もう少し楽に働けていたのかもしれない、と思わずにはいらなれないくらいしんどかった思い出だ。
夫にも、当時の職場について聞いてみた。
すると、あのマイペースな夫でさえ、「かなり緊張感のある環境だったよね」と言っていた。
夫がそう感じていたくらいなのだから、繊細な人にとっては、どれほど苦しい場所だったのだろう。
そんなことを考えていたら、なんだかいまのわたしも、ちょっと気を張りすぎているのかな?なんて思えてきた。
働き方としてはだいぶゆるゆるだし、これ以上自分に優しくなんて!と思っていたけれど、そもそもがストイックメンタルなわたしだからなあ。
あのころのわたしに「もっと力を抜いても大丈夫だったよ」と思えるのなら、今のわたしにも、いつか同じことを思うのだろうか。
そんな日を楽しみに、毎日を積み重ねていきたいな。
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