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犬の散歩は、時々チキンレースになる

うちの近所は、比較的歩道が広い。

広いところになると、本当に車が2台くらい走れそうな幅がある。

そして、うちには犬が2匹いる。

この2匹、散歩というものを「目的地に向かって歩く行為」だとは、たぶん思っていない。

道の脇に雑草が生えていればクンクン。

植え込みがあればクンクン。

ちょっと気になるものがあれば立ち止まる。

とにかく、道の端っこが大好きである。

だから私は、犬たちと一緒に歩道の左端を歩く。

そもそも私は昔から、歩道というものはなんとなく進行方向の左側を歩くものだと思っていた。

別に法律で決まっているとか、そういう話ではない。

ただ、みんなが好き勝手なところを歩いていたらぶつかるではないか。

だからなんとなく左。

向こうから来る人も、その人から見て左。

そうすれば、お互いスムーズにすれ違える。

私は勝手に、これを社会生活を円滑にするための暗黙のルールだと思って生きてきた。

犬の散歩中は、普通に歩いているとき以上に周りにも気を使う。

向こうから犬が来たら、できれば接触したくない。

犬好き同士、

「こんにちは〜」

「何歳ですか〜?」

などと交流したいわけでもない。

できれば、お互い知らんぷりして通り過ぎたい。

向こうから犬が来たら、カートでうちの犬の視界を遮ってみたり、私の体を間に入れてみたり、犬の気をそらしてみたりする。

それでもお互い気づいてクンクンが始まってしまったら、様子を見る。

ケンカにはならなそうだな。

よし。

クンクン。

はい、ご挨拶終了。

では、さようなら。

この辺の技術については、長年の散歩生活でだいぶ身についた。

最近の私の問題は、犬ではない。

人間である。



いつものように、私は犬2匹とカートを連れて歩道の左端を歩いている。

すると前方から、犬を連れた人がやってくる。

私と同じ側を。

つまり、その人はその人の進行方向からすると右側を歩いている。

遠くからこちらに向かってくる。

私は思う。

……こっち来るの?

まだ来る。

……左行かないの?

まだ来る。

おいおいおい。

左だろう。

しかし相手は何の迷いもない。

ズンズンズンズン、こちらに向かってくる。

ここから、犬の散歩は突然、

チキンレースになる。

どちらが先に進路を変えるのか。

どちらが先にハンドルを切るのか。

先に避けたほうが負け。

いや、別に誰もそんなルール決めてないんだけど。

でも私の中では、完全にレースが始まっている。

問題は、私は簡単には避けられないということである。

人間一人ならいい。

「あ、来た」

と思った瞬間、スッと右へ移動すればいい。

でも、こちらは犬が2匹いる。

しかも彼女たちは、私の指示通りにキビキビ動くような犬ではない。

クンクン。

クンクン。

「はい、みんな右へ移動しまーす」

と言ったところで、

「え?」

である。

「私、まだここ嗅いでますけど?」

である。

そこにさらにカートがある。

犬2匹+カート+私。

この一団を、突然右側へ方向転換させる。

これはもう、私にとっては結構な大仕事なのだ。

だから思う。

そっちが左へ行ってくれれば、全員何もしなくて済むんですけど。

ところが、来る。

ズンズンズンズン。

距離が縮まる。

「いや、もうそろそろ避けたほうがいいんじゃない?」

と思う。

でも、その頃にはこっちも、

「いや、もう今から右へ行くの無理無理無理」

となっている。

不思議なことに、これが普通の幅の歩道だとあまり起きない。

狭ければ、みんな自然に自分の左側へ寄るような気がする。

問題は、ものすごく広い歩道である。

道が広くなった瞬間、人は自由になる。


どこを歩いてもいい。

私はここを歩く。

そんな人が現れる。

そしてその自由な人が、私の真正面からやってくる。

ちなみに人間一人の場合については、私はすでに攻略法を編み出した。

いつも同じくらいの時間に散歩していると、よく正面からやってくる男性が一人いる。

遠くに姿を発見する。

来た。

また、あいつが来やがった。



ここで私が使う技は一つ。

見ない。

絶対に見ない。

もともと私は散歩中、犬の様子を見ながら歩いている。

だから、そのまま犬だけを見る。

前から人が来ていることには気づいている。

もちろん気づいている。

内心では、

「まだ来る?」

「まだ避けない?」

「そろそろじゃない?」

と結構ドキドキしている。

でも、見ない。

私は何も知りません。

私には犬しか見えていません。

そんな顔でズンズンズンズン進む。

すると大抵、彼のほうが避ける。

よし。

この技を使えるようになったのは、50年以上生きてきて身につけた図々しさのおかげかもしれない。

しかし犬連れ同士となると、そう簡単にはいかない。

実は私、一度このチキンレースに負けたことがある。

向こうから犬連れがやってきた。

避けない。

「え? 避けないの?」

まだ来る。

こっちも犬2匹とカートで、もうどうにもならない。

仕方なく、そのまま突入した。

そして当然、

クンクン。

クンクン。

犬同士のご挨拶が始まった。

それはいい。

問題は、そのあとである。

ご挨拶が終わっても、私たちは真正面にいる。

結局、どちらかが避けなければ先へ進めない。

そして。

私が避けた。



犬2匹とカートをなんとか動かして、進路を譲った。

相手はそのまま、私の左脇をズンズン進んでいった。

……負けた。

もちろん、向こうは勝負していたつもりなどないだろう。

「今日、犬の散歩中にチキンレースに勝ったぜ」

などとは、おそらく思っていない。

でも私は覚えている。

あの一敗を。



それ以来、広い歩道の向こうから犬連れがこちら側を歩いてくるのを見つけると、少し緊張する。

来た。

さて、今日はどうする。

どのタイミングで仕掛ける。

いや、仕掛けるって何を。

ただ犬の散歩をしているだけなのに。

しかも、このレースは毎日起こるわけではない。

全然起こらない日もある。

だから経験値もなかなか上がらない。

攻略法を考えても、次の実戦がいつになるかわからない。

そんなわけで私は今日も、犬たちが呑気に植え込みをクンクンしている横で、

どうすれば犬の散歩中のチキンレースに勝てるのか。

ひそかに考察を続けている。

いまだ、攻略法は見つかっていない。







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