『光る海を見ていたら 日々ごはん2022 1→12』刊行記念トークイベントレポート
高山なおみ × 佐藤友子(「北欧、暮らしの道具店」店長)
日時:2026年7月12日(日)
場所:青山ブックセンター本店
告知後1日で100名満員御礼になった刊行記念トークイベントのレポートを公開いたします。2025年に出会い、「北欧、暮らしの道具店」のトークドキュメンタリー番組に出演され、親交を深めた高山なおみさんと佐藤友子さん。長年のシリーズ愛読者と作家の、濃密な対話をおたのしみください。

〇おふたりの出会い
高山 佐藤さんが『暦レシピ』(2023年刊行)の感想をSNSで投稿してくださったんです。それで、『日々ごはん』シリーズを長年大事に読んでくださっているのを知って、どうして読み続けてくれているのかを聞いてみたいと思いました。
佐藤 いつか高山さんにお会いできたらと思っていましたが、目標にするのもおこがましい、夢のようなことだったんです。ですから、お声がけいただいて本当に驚きました。きっと「北欧、暮らしの道具店」のお客さまにも私と同じような読者の方がいるはず。もしご存じでなくとも、ぜひ高山さんをご紹介したいという思いで、私たちの番組である「あさってのモノサシ」へ出演いただくことがきまりました。昨年の9月に公開して、大反響でした。
〇『光る海を見ていたら 日々ごはん 2022 1→12』を読んで
佐藤 私は『日々ごはん』を読むときはいつも、写真(アルバム)のページから開くんです。その頃の高山さんが何を食べているのか、どんなところを旅されたのかに興味があります。高山さんが撮影された日常の風景を見て、その時期を視覚的に感じてから、文字の日記を読んでいます。
高山 そうなんですね。
佐藤 それから、今回は元パートナーのスイセイさんとの対談が収録されていますよね。おふたりの5〜6年ぶりの再会をトークイベントの場でされていて。私はそのイベントのことを終わった後に知って、「行きたかった!!」と思っていました。だから、その内容が全文収録されているとお聞きして、とっても楽しみにしていました。
対談では、スイセイさんから見た高山さんを感じて、異なる視点が興味深かったです。『日々ごはん』の世界がより豊かに、立体的に立ち上がりました。
そして、この装丁も印象的でした。高山さんのご自宅のフロアタイルがモチーフになっていますよね。この本の光沢感と質感が光っていて、高山さんの暮らしとつながっているなと感じました。
私は去年の5月末に(「あさってのモノサシ」の)収録で高山さんのご自宅にお邪魔させていただいたので、ディテールや窓の外の風景を思い出しながら、じっくりと味わうことができました。
高山 ブックデザイナーの脇田あすかさんが、神戸の自宅に来て私の暮らしを見てくださり、このデザインになりました。 1年分の日記だから、ものすごく分厚くて。これまででいちばん厚い! まるで国語辞典みたいでしょう? 本ができたときに私もびっくりしたんです。

〇 最新刊であり最終巻
佐藤 『日々ごはん』シリーズの「最終巻」ということを、高山さんはどう感じていますか。
高山 終わるから、ようやく気づくことがありました。『日々ごはん』は繰り返し校正をするのですが、そのたびに、日記に書かれている日々にもぐりこみ、校正紙の中で私は何度も生き直すことをしていたのだなと気づきました。
佐藤さんはどう感じましたか?
佐藤 ひたすら寂しかったです。29歳から読み続けてきて、この間に自分は会社を作り、子どもを産み、環境がどんなに変化しても、この本を読むときだけは変わらない自分に帰れた。自分を見失いそうなときに帰る場所がある、そういう存在でした。
高山 実は一度、『日々ごはん』シリーズのときに、12巻目でやめたことがあるんです。買ってくださる方の本棚が私の本でいっぱいになっちゃうのが申し訳ないなと思って。それなのにホームページには、変わらず日記を書き続けていて、書かずにはいられない。もう一回はじめたくなって、アノニマ・スタジオの編集者と相談して、『帰ってきた 日々ごはん』として再スタートしました。
私は同じことを続けるのが苦手で、自分の感覚しか信用できない。それなのに『日々ごはん』だけは続けられた。
佐藤 そうなんですね。
高山 『日々ごはん』が最初に出た頃は、びっくりするほど部数を刷っていました。でも、これは出版業界全体や、世の中の人たちの本離れなど、いろいろな理由があるのかもしれないけれど、神戸に引っ越した頃から、だんだん少なくなっていって。そういうことは数字に如実に表れるから、スイセイと離れたことで、 読んでくださっている人に嫌われちゃったかなあとか、もう読まれなくなっちゃったのかなとか、やっぱり不安に思う日もありました。
アノニマ・スタジオは、それでもがんばって出版し続けてくださったんだけれど。村上さんと何度も相談を重ね、区切りつけることにしました。続けることも大事なのだけど、いちど立ち止まって、やめることも大事だなって思ったんです。
佐藤 そうでしたか。
高山 実は、これを機にホームページの日記もやめようかと思っていたんです。それを一番最初に伝えたのが、丹治史彦さん。アノニマ・スタジオを立ち上げた方で、『日々ごはん』の生みの親のような人だから。そうしたら、「ホームページの日記を続けることと、本を出すことは別の営みだと思います。日記をやめるのはあまりにもったいない」とメールをくださって。そうか、別のことなのか、と思って、ホームページの日記は続けることにしたんです。
佐藤 それが聞きたかった! この場で聞けて、ほっとしました。
実は、去年から私も日記を書き始めたんです。たった半年でも、続けることは大変です。高山さんの場合は、読者がいる状態でどんなときも続けてきた。自分がトライしてみて、そのすごさを改めて感じています。

〇『日々ごはん』の中に自分の生きたい世界がある
高山 最近分かったことがあって。私は自分の生きたい世界、生活したい世界を、日記の中に自分で作り上げているんだなって。だから『日々ごはん』の中はきれいなんですよ。登場人物はみんな、その人なりの理由があって、精一杯生きている。誰も怠けていないんです。
怠けること自体は、悪いことじゃない。私が言う「怠ける」というのは、その人が自分に対して怠けている、ということ。自分の感受性にふたをし、ちゃんと使い果たしていないというか。我慢して生きていて、その反動で人を傷つけてしまったり。でも、『日々ごはん』の世界には、そういう人は誰も出てこない。
佐藤 高山さんは『日々ごはん』を通して、なんてことない毎日が、光っている尊いものなんだということを、私に教えてくれていた気がします。だから私は、その世界の住人になりたかったんです。
スイセイさんとの対談の中に、トーベ・ヤンソンにまつわる話が出てきましたよね。その映画を観て、トーベさんは自身のマイノリティ性から居心地の悪さを感じた部分もあったかもしれない。けれど、ムーミンが描かれている世界は、「自分が生きたい、ここなら生きられる」という世界だったんじゃないかな、と思いました。
高山さんは、日記を書くことで毎日を生きている。文章で、日記という形で、どう世界を見ているかを教えてくれています。
高山さんがひとりで神戸に行く、という大きな決断をされたときも、読者としてすごくびっくりしたんですよね。私の今の年齢より少し上の方が、大きな意思決定をして生きている、ということに。
吉祥寺でのスイセイさんとの暮らしのファンでもあったけれど、それ以上に、「自分が生きる世界をどう定義するのか」ということにひとりの読者として興味があったから、『日々ごはん』から離れませんでした。
今回「最終巻」となる『光る海を見ていたら』を読ませていただいて、すごく腑に落ちる結論を提示していただけ
たような気持ちになりました。

〇『日々ごはん』は「人体実験」
高山 私は「こんなとき、自分はこう感じるのか」と、人体実験のような気持ちで書いているところがあります。若い頃、撮影が終わって、みんなでごはんを食べにいった帰り道にね、朝4時くらいだったと思うんですけど。自転車に乗ったまま、自動販売機でジャスミン茶を買おうとして、そのままバーンと後ろにこけたんです。それで、空を見上げながら「なんて幸せなんだろう」と泣いたことがあって。そういう気持ちになったことが、自分でもおもしろくて。体って、脳みそって、計り知れない。そういう発見をずっと、延々と書いてきたんです。年を取ったら、年を取ったなりの面白さを、ちゃんと書いてきました。
佐藤 高山さんの書かれる言葉って、「体言葉」というか。頭を通って出てきたというより、体と心からそのまま出てきている。だから読者の自分にドンッと響いたり、読んでいるこちらの体まで癒される、みたいなことが不思議と起こるんじゃないかと思っているんです。
高山 ありがとうございます。私は子どものときに、嘘をつかないと決めたことがあって。吃音がひどかったので、小学校に入った頃は、うまく話せなくて、先生に当てられて本を読もうとすると、声が出ない。息を止めてしまうから、顔が真っ白になって倒れそうになるような子でした。
それが小学4年生のとき、国語の授業で、確か椋鳩十さんだったと思うけれど、アカという犬の物語を勉強していて、先生が、「アカはどんな犬でしたか」と質問したんです。私はその犬のことが大好きで、くっきりと姿が見えていたので、どうしてもみんなに教えたいと思って、はじめて手をあげました。毛の色やゴワゴワする手触りまで、見えているままをそのまま伝えたんです。そしたら、けっこうちゃんと言えた! それが自信になって、「本当に思ったことを言えばいいんだ」と分かった。
だから今も、感じたままをどうやって言葉にできるのか、いつも探しています。書けないなら、書かなくてもいい。その世界を表すために、表現を練ることはあるけれど、それは私の目から見えたひとつの世界を作り上げることで、嘘ではないと思っています。

〇『日々ごはん④』から学んだ人生観
佐藤 私がいちばんはじめに出合ったのが『日々ごはん④』なんです。今日は、私の本棚から持ってきました。
高山 4巻では、雑誌「クウネル」の企画で、青森の佐藤初女さんのところに行っていますね。その頃は、雑誌の仕事でいろんな人に会いに行ったり、料理本『高山なおみの料理』を作ったり、シェフを卒業してあたらしい世界がはじまってきて、ワクワクしていた頃です。
佐藤 当時、電車の中で読むためにカバーを外して、カバンに入れたまま持ち歩いていたら、カバーがどこかへ行ってしまいました。表紙も日焼けしている。それから、当時の私が折り目をつけているところがあるんです。
高山 佐藤さんに読んでほしいです。
佐藤 これは2005年に刊行された本ですが、日記の世界は2003年です。
「2003年9月6日 土曜日、曇りのち晴れ、残暑
昨夜の夢は、なんとなく教訓じみていた。
同じ料理家でも、コマーシャル用の料理撮影や、雑誌の広告用の撮影を中心にやっている人がいて、その人はいつも忙しく、華やかに働いている。毎日それなりにくたびれながらも、仕事の波に乗って、次々新しいことに挑戦してゆく。そんな元気な女性の夢だった。
とても素敵だったけど、憧れもするけれど、自分はちがうんだよなーと、目が覚めてからぼんやり考えていた。私は、もっともっと自分らしく、自分にしか出来ないことをやらないとダメだよな、なんて、ちょっと焦燥感にもかられたりして。朝っぱらから。
私は毎日家のごはんを作りながらも、一般の人よりは細かい目で料理のいろいろについて観察していると思う。それが仕事だし。そこで気がついたことや、新しい発見を、メディアを通じて皆さんにお伝えしたい。日々のことなのでつまらない発見だが、けど、つまらない雑多なことほど、本当はだいじだ。」
高山 わー、懐かしいなあ。
佐藤 20代の終わりの私が、このページに折り目をつけていたんです。高山さんの『日々ごはん』から人生観を教えてもらっていた。自分にできることをやるっていう覚悟。
私も、「北欧、暮らしの道具店」のお客さんの前では、かっこつけずに本当のことを話せば、「分かってくれる人はきっと分かってくれる」と思ってやってきました。日々ごはん』シリーズを通じて、できないことではなくて、自分ならではのできることを見つけて積み上げていこうという励ましを受けてきました。
高山 ありがとうございます。わたしは子どもの頃から、人と同じようにできないことがたくさんありました。姉に対しても、口ではうまく言えないから、わかってもらえないことが悔しくて、動物みたいに涙でぐちゃぐちゃになって泣いていた記憶がある。できなかった頃のことや、誰かと比べられてつらかったことは、いまだに夢に見るし、そういうことは消えないと思う。
それでも、自分にしかできないことだけをやってきたら、それを読んでくださる方がいて、『日々ごはん』を作り続けることができました。きっとわたしは、そういう風にしかできないんでしょうね。
佐藤 わたし自身も、続けたいことは続けられていて、頑張りたいことは頑張れているんだろうなって思います。
久しぶりに『日々ごはん④』をめくって読み直したら、胸がいっぱいになりました。高山さんはずっと「本当のこと」を書いてこられたんだなって、心から思いました。
(了)

『光る海を見ていたら 日々ごはん2022 1→12』
高山なおみ・著/アノニマ・スタジオ・刊
2002年から続いてきた『日々ごはん』シリーズの最終巻。
神戸での日々を綴った、2022年1年間の日記と各月のおまけレシピ、高山さんが撮影した写真のアルバム、そして巻末に22年に実施された元パートナーのスイセイさんとの特別対談が収録されています。
▼『光る海を見ていたら』書籍の詳細はこちら
▼『日々ごはん』シリーズ最終巻発売記念の特集ページはこちら
▼オンラインストア、ネット書店でご購入の方はこちら
◉「あさってのモノサシ」高山なおみさん出演回もぜひ
高山さんが神戸のご自宅に佐藤を招き、一緒に料理をしながら語り合った
「あさってのモノサシ」高山なおみさん出演回。
まだご覧になっていない方は、この機会にぜひご覧ください。
▼動画はこちら
協力:青山ブックセンター本店
クラシコム
会場写真:Ayumi Saito
