”月の引力が見える町”で感じたこと【カメラ練習記録】
半月ほど前に書き始めたものの、その間いろいろあって、なかなか投稿できずにいた記事ですが、お蔵入りさせるのももったいないので、えいやっ!と投稿してしまうことにしました。
”月の引力が見える町”
これは、佐賀県の南端に位置する太良町(たらちょう)のキャッチコピー。太良町は有明海に面した町です。

有明海は干満の差が大きく、最大6メートルになることも。
潮の満ち引きは、月の引力によってもたらされるもの。
引力は目には見えないけれど、干満の差は実際に目で見ることができる。それで”月の引力が見える町”
なんとも詩的なキャッチコピーです。
わたしの住む町から太良町までは車で40分弱。そんなに遠いわけではないのに、これまでほとんど行ったことがありませんでした。
今回は、海の写真を撮るために向かいます。
お目当ては、大魚神社(おおうおじんじゃ)の海中鳥居。
大魚神社の海中鳥居へ
10月下旬のよく晴れた休日の朝、わたしは太良町へ向かいました。
せっかく行くのなら、ちゃんと月の引力(=潮の満ち引き)を感じたい。
10分や20分の滞在では目の前の光景を見ることはできても、現象として感じることはできません。
2~3時間ほど滞在するつもりで、カメラと、本と、道中のコンビニで購入したカフェラテを手に向かいました。
9:30 | 満潮まで2時間
到着したのは9時半ちょっと前。
インスタ映えスポットとしてよく取り上げられていることもあってか、駐車場にはすでに車が5~6台、バイクも3台停まっていました。

潮風を感じさせてくれます(笑)




どこから撮るときれいに収まるのか、構図がなかなかに難しい…
もうすでに一番手前の鳥居の足元まで海がきていますが、干潮時は3つ目の鳥居まで歩いて行けます。
この鳥居のすぐ脇にあるのが「海中道路」。
冬場の海苔のシーズンに、搬入搬出用に使われる道路だそう。

干潮の時には、一番奥の電柱まで歩いていけるらしい。
どんだけ~!?
干満の差6メートルと書きましたが、それは潮位(深さ)の話。有明海は遠浅なので、干潮時には海が数百メートルから、場所によっては2~3キロメートル後退し、そこに広大な干潟が出現するのです。
まだ満潮まで2時間あるので、道路の途中までは歩いて行けます。

ちょっぴり「千と千尋」感

実際はもっとキラキラしていたのですが、写真で撮るの難しい!


朱色が鮮やか
40-150mmレンズにつけかえて撮影。

海苔の養殖の支柱



ちなみに手前の白いのは砂でも砂利でもなく、すべて貝殻。

10:00 | ベンチで読書
ひと通り撮影した後は、車からカフェラテと荷物を取ってきて海辺のベンチに陣取ります。

我が家の積読本の中から『おでかけアンソロジー ひとり旅 いつもの私を、少し離れて』をチョイス。9月に旅行した際、帰りの関空で買った本です。
片道40分弱の、ちょっとしたおでかけではあるけれど、”いつもの私を、少し離れて”というフレーズがぴったりな気分だったので。


潮風を浴び、波の音を聴きながらの読書タイム。
1章目は角田光代さんの「行動数値の定量」。
私が日々ささいな困難にぶちあたり、そのほとんどの解決をあきらめて、見なかったことにしたり知らなかったことにしたりして、おのれの行動範囲をどんどん狭めていくのは、数人の友達が言うようにけっして自堕落なのでもなければ、小心なのでもなく、面倒くさがりでもなく、ひとりで旅をするための行動力を温存しているのだろう。うん、きっとそうなのだろう。
思わずクスッとしてしまう「行動力の温存」。なるほど、いい言葉ですね。今度からわたしもそう思うことにしよう(笑)
1章読んでは海を眺めて、また1章読んでぼーっとして。
ああ、いい時間だな。
10:15 | 到着から45分
本とカフェラテをベンチに置いて、再びカメラを構える。





写真を撮ったり、トイレ休憩したりして再びベンチへ。
きれいな公衆トイレが設置されているのは本当にありがたい。
ここにはいろんな人が入れ代わり立ち代わりやって来て、写真を撮って去っていきます。
家族連れ、バイカー集団、若いカップル、老夫婦…
日本語、中国語、韓国語、英語…
みんな歓声を上げて、写真を撮って、満足して去っていく。
わたしも、これまでなら同じようにしていたでしょう。
でもこの日は、潮がゆっくりと満ちていくのを眺めながら、本を読んだり、写真を撮ったり、ぼーっとしたり、noteを読んだり…
ああ、なんてぜいたくな時間なんだろう。
潮が満ちていくのとシンクロするように、わたしの心も何かで満たされていくようです。

これをどう表現したらいいんだろう。
そんな時にたまたま読んだのがまゆりたさんのこの記事。
海を前にしたベンチに座り、noteという広い言葉の海の中で、こんな記事と出会い、読む。この偶然。
ああ、幸せだな、と思いました。
11:00 | 満潮まであと30分



日が少し翳っただけで、海の色ってこんなにも変わるのか。
そんなことを思いながら写真を撮り、そしてまたベンチに戻って本の続きを読む。
田中小実昌さんのエッセイ「わからない旅」の中の一節。
ギリシアではイエスのことを「ネ」と言う。だいたい否定語はNの音で始まるのがふつうだが、ギリシア語と佐賀弁とハングルは逆だ、ともきいた。
唐突な佐賀弁の登場に吹き出してしまいました。
確かに、わたしが子どもの頃、駄菓子屋のおばあちゃんは「これくださーい」って言ったら「なーい」って言ってたもんな。「なーい」は「無い」じゃなくて「はーい」って意味です。(もう使っている人はいないかも)
11:30 | 満潮
気づけばここへ来てから2時間が経っていました。

海の色はさっきよりも茶色みがかって見えます。
来た時には根元が見えていた鳥居もこの通り。

子どもの頃、父に連れられて来た有明海はいつも干潟の姿でした。
おそらく子どもたちが干潟で遊べるよう、干潮の時間帯を見計らって連れて来てくれていたのでしょう。
満潮の有明海を見て、わたしはこれまでこの海のひとつの顔しか知らなかったんだな、と改めて思いました。



潮の満ち引きは6時間ごと。
満潮から6時間かけて干潮に。そしてまた6時間かけて満潮に。太古の昔から繰り返されてきた、地球と月の営み。
今回少しだけそれを肌で感じることができました。

道の駅 太良
海中鳥居を後にし、車で数分のところにある道の駅へ。

名物のカキを焼くにおいが漂っている

上の階では先客がお食事中の様子だったので、下の階へ。



…最高じゃない?

このベンチなら、本を読んだりしながら6時間ずっと潮の満ち引きを見ていられるかも、とちょっと本気で考えました。

海を見ながら食べる 至福の時間
心穏やかに過ごせた休日。
写真を撮るの、楽しかったな。
久しぶりにそう思いました。
心の赴くままに撮って、読書して、ぼーっとして、また撮って。
いろいろなことに気づかせてくれた有明海と月の引力。
今度はゆっくりと潮が引いていく姿を見に来るのもいいかもしれない。

