AI時代に、人間は何をするのだろう
♦️日常の事柄を書き記した【雑記】です。
違う世界で、同じ話を聞いている
完全に異なる分野でも、類似した話を耳にすることはあります。
noteで心理学や教育学に関連した話を書くときに、生成AIを使います。自分の経験を言葉にしたり、心理学の知識と照らし合わせる。そこでは、人間と生成AIを如何に役割として分けるのかという話が出てきます。
自分の本業であるCAEでも、生成AIの活用が盛んに語られます。開発もそうですし、ビジネスの場も同様です。
もちろん、心理学とCAEでは扱うものがまるで違います。それでも、両方の話を聞いていると、ひとつの共通点が見えてきます。
生成AIが個別の作業を担うようになるほど、人間には「全体として何を目指すのか」を考える役割が残される。という話です。
生成AIを用いて散りばめられた情報を集め、精査し、方向性を出す。人間はそれらを眺めて、最終的に決断する。そんな「ディレクター」のような存在に人間は進化していく。そういうことなのかもしれません。

AIと人間を、対立させない
そんな時代の変遷の中で、新たに人間に求められる知性とは何か。次はとある記事を読んで、自分なりに2点ほど整理してみました。
生成AIは報整理や思考の壁打ちには有用ですが、判断と行動はあくまで人間の仕事である。非常に重要なポイントのひとつです。
生成AIと壁打ち(対話)とは別に、生身の人間と話すこと、自分自身が五感を通して経験することにも、確かな価値があります。
これは、自分のオリジナルではないため、ありのままを受け取るつもりはありません。ただ、最近を振り返ると、考えさせられる側面もあります。
自分はこれまで、ひとりで考えたり、ChatGPTと壁打ちを続けてきて、それなりに多くの事柄を整理してきました。今後も続けると思います。
一方で、誰かと会話している最中に、予想しない言葉が返ってきて、それが新たな世界を開くきっかけになることもありました。だとすれば、生成AIと人間という対立構造の話ではないのでしょう。
自分で考える。生成AIと壁打ちする。誰かと話す。実際に経験する。それらの知見を持ち寄り、最後に「自分はどうするのか」を決める。これも、ディレクターに求められる役割かもしれません。

苦手だからこそ、考えておきたい
しかしながら、自分は「ディレクター」という役割に、ここ最近で明らかな苦手意識を覚えています。
散らばめられた情報を集め、複数の人や物事を動かしながら、全体像を見て方向を決める。こうした役割に対して、いつも精神を擦り減らしてきた記憶があります。
ゆえに、「これからは人間がディレクターになる時代です」と言われる潮流に対して、手放しで喜べない自分が居ます。
一方で、ここで言うディレクターとは、必ずしも大勢の人を動かす「マネージャー」の役割だけとは限らないとも思いました。
生成AIが出した答えを鵜呑みにせず、自分の経験と照らし合わせる。別の人の意見を聞いてみる。必要なら調べ直す。そして、最後には自分なりの答えを選び直す。
仕事では、そういう小さな「統合」を少しずつこなしています。まだ成果は先の話ではありますが、これも、ディレクターの役割なのでしょう。
かつて「技術と人間」の関係が繰り返し問われてきて、これからは「AIと人間」の関係が、日常的に問われ続けるのだと思います。
そのとき、人間にしかできないことを必死に探すだけではなく、AIを含めた様々な領域の持分を、どのように組み合わせるのか。自分が苦手な「全体像の把握」という話も含めて、この先も探し続けていきたいです。
願わくば、自分が「この世界で生きる」と決めた、その場所で。
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最後まで読んで頂き、ありがとうございます。この記事が、何か皆さんの未来を変えるキッカケになれたら幸いです。
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