人名の今昔と人名にこめられたものについて、ちょっと考えた
(1,200字)
子供の名前に思い入れを
私がここnoteで出している名前は、ペンネームである。
その由来は妻に話したが、もう忘れているだろう。ということは、私が忘れれば永久にそのいわれが失われてしまうことになる。
じぶんの名前を忘れるのが先か、ペンネームの由来を忘れるのが先か。こりゃ極私的デッドヒートですなあ。
ペンネームはそんなんでいいが実名となると、そうはいかない。
まして最近は、子供を作ってもひとりがほとんど。子供の名づけにも、たっぷり思い入れをこめる人が多かろう。
かつては子だくさんの家庭が多かった。子供が多い分、ひとりの子の名前にこめる親の思い入れも、今ほど強くなかったと言えなくもない。
ただ、だからと言って昔は親の愛情が薄かったとするなら、早計というものだろう。そこは、私のペンネームに対するより以上の、思い入れがあったはずだ。
いい加減な名前のつけかた?
以前、家系図を作ろうと思って、各地から戸籍謄本を取り寄せたことがあった。
各地というのは、本籍がばらばらだったからだ。手数料分の定額小為替を同封の上、申請書類とともに郵送。
こう書くとかなりメンドクサイが、今は一括してひとつの窓口で申請できるそうである。
それで明治以降の直系親族がわかったのだが、けっこうご先祖様、適当に名前をつけている。
例をあげると、清、栄作、清一郎、竹次郎、梅吉、松太郎、とし、末吉。
実のきょうだいどうしである。8人産んで育てあげた曾祖父母もすごいが、子供の頃などカオスだったろう。
それ以前に、名前に法則性がまるでない。
昔の女性の名前は
女性の名前も同様。ごくシンプルで、明治生まれまではカタカナ2字が多い。
イワ、ツメ、トラ、イシ、キセ……。ウチの戸籍を見る限り、漢字を使いだすのは大正からで、昭和に入るとカタカナ2字の名前は姿を消す。
ひらがな2字もあるがカタカナ同様。いずれにしても、きくさんなど、あえて漢字を使っていないんじゃないの、という人が多い。
ひらがな、カタカナの方が女性の名前らしい、というような風潮があったのだろう。
これは今でもある意味、受け継がれてますね。そう言えば私の妹の名前も、ひらがなだ。一方、男の名前でひらがな、カタカナはあまり聞かない。
名前は今や人生のテーマに
昔の名づけは気負いがあまりなく、ゆるい。
だが今や、子供の名前にこめる親の思い入れは相当なもの。その子供じしんにとっても、もはや人生のテーマにまでなっているのではないか。
太郎ならば長男、花子なら花のような、花を愛する女の子といったレヴェルではもちろんない。
名前に愛がつくなら、人生において愛というものを深く考え、行動しなさい。
勇がつくなら、本当の勇気とは何なのか考えつづけなさい、といったように。
そう考えると太郎花子の時代よりも、なんだか重い。現在、生きづらさを感じる人が非常に多いけれども、そのいくぶんかは名前にこめられた重さのせいかもしれない。
今日の一句
渡御の列乱れもせずて秋の雷
季語:秋の雷(初秋・あきのらい)
渡御はおみこしの渡御のこと。中七「~せず」の方が強いのでしょうが、ちょっと整えられなかった。
「列」は「つら」とも読みますが、自然に「れつ」でいいかな。
今日のカブトムシと猫


ではでは今日が、よい日でありますやうに。
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