もし君に、言葉があったなら――言葉を持たない知性 4Days/Day4
言葉を持たない知性 4Days
MC:ユウ
もし君に、言葉があったなら。
その痛みを、言葉にしてほしい。
前の患者を見送り、診察室へ戻ろうとした相沢の背中に、すれ違った動物看護師が明るい声をかけた。
「ホント先生、動物好きですよねぇ」
「まぁね」
カルテから目を離さず、相沢は力なく笑った。
「言ったことなかったっけ。ここは天国で、地獄だって」
「天国で、地獄?」
「大好きな動物と毎日触れ合える。
……だけど、同じくらい、
彼らの『痛み』も見なきゃいけないからね」
診察室に入ると、ひんやりとしたステンレスの診察台の上で、五歳になるラブラドールのムギが小さく丸まっていた。原因不明の慢性的な炎症。治療を続けているものの、痛みが強く出る日がある。
「いつもより、すごく辛そうで……。
たまらず、連れてきてしまいました」
少し離れた丸椅子に座る恵子が、不安げに両手を握りしめている。
相沢は静かにうなずき、ムギの背中をそっと撫でた。小刻みに震える筋肉の緊張が、手袋越しにも伝わってくる。
痛いことは分かる。でも、どのくらい痛いのか。どんなふうに痛いのか。何をしてほしいのか。そこから先になると、相沢には分からなかった。
――もし君に、言葉があったなら。
相沢は、診察台の横に置かれた黒い機材へ目をやった。
数日前から院内で試験運用が始まった、動物の状態を解析するシステムだった。鳴き声や姿勢、生体情報などを読み取り、その結果を人間が理解しやすい形へ変換する。
まだ診断を任せられるようなものではない。あくまで補助的な実証機だ。
相沢はムギの首にセンサー付きのカラーを巻き、モニターを起動した。
無機質な駆動音が小さく鳴り、黒い画面に白い文字が浮かんだ。
『いたい』
しばらくして、もう一行。
『こわい』
そして、
『ここに、いて』
恵子が小さく息を呑んだ。
「……これって、先生」
「ムギの言葉……と言いたいところですが」
相沢は画面を見たまま答えた。
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