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【オペラ】ロッシーニ作曲《セビリアの理髪師》サンフランシスコ・オペラ 2026年6月21日 Gioachino Rossini's 《Il barbiere di Siviglia》The Barber of Seville@San Francisco Opera

サンフランシスコ・オペラ今シーズン最後に観た演目は《セビリアの理髪師》です。

実はこの作品、私が人生で初めてオペラハウスで観たオペラでもあります。もっとも、それははるか昔の話。ニューヨークに住んでいた頃で、最初の1年ほどはまだ観光客気分が抜けず、「ニューヨークに行ったらやるべきことトップ10」を片っ端から実行しているような時期でした。

当時の私はオペラの知識など皆無で、それでも「METでオペラを観なくては!」という妙な使命感だけはありました。安月給にもかかわらず、歌劇場内のグランド・ティアー・レストランで食事をしてからオペラを観るという、いかにもミーハーなプランを実行したのを覚えています。

今のようにSpotifyやApple Musicはもちろん、インターネットさえ普及していない時代。予習をするにはCDを買うか誰かに借りるしかありませんし、周囲にオペラ好きの知人もいません。本屋で解説書を立ち読みするのがせいぜいでした(笑)。

劇場の席選びもまったく分からず、METのボックスオフィスへ直接出向いて相談しました。まずはレストランと同じ名前のグランド・ティアー席の値段を聞いたところ、予算オーバー。そこで「初めてオペラを観るのですが、この予算ならどの席がおすすめですか?」と尋ねた結果、ドレスサークルのチケットを購入しました。

正直なところ、初めてのオペラ体験だったので舞台の細かな記憶は残っていません。しかし、あの有名な「フィガロ、フィガロ、フィーーーーガロ!」だけは、オペラ初心者の私の耳にも強烈に残りました。

その後しばらくは通販で有名なオペラ作品のVHSビデオを買い集め、オペラ鑑賞に夢中になった時期もありました(もちろんYouTubeなど存在しない時代です(笑))。ところが仕事が忙しくなるにつれ、次第にオペラから遠ざかってしまいました。

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そんな私のオペラ熱が再び燃え上がったのは、2020年のコロナ禍です。
2020年3月からMETオペラは毎日1本ずつ過去の公演を無料配信し始めました。ほぼ毎日オペラが観られるなんて、まるで天国のようでした。
その中でも特に印象に残っているのが、2007年収録のバートレット・シャー演出による『セヴィリャの理髪師』です。ジョイス・ディドナート、フアン・ディエゴ・フローレス、ペーター・マッテイ、ジョン・デル・カルロらが出演する豪華キャストによる舞台で、私は一作品24時間という配信期間中に3回ほど繰り返し観ました。

中でもフアン・ディエゴ・フローレスのアルマヴィーヴァ伯爵にはすっかり魅了されました。演技も上手いし、ハンサムだし、小柄なのに舞台での存在感抜群。それに何と言っても、あの声!難しい歌を彼は涼しい顔で歌ってしまう。少し大げさかもしれませんが「こんな人が現実にいるのか?」と思いながら見ていました。

《セビリアの理髪師》終幕より「もうこれ以上抵抗するな(Cessa di più resistere)」― フアン・ディエゴ・フローレス

このアリアは終幕の大アンサンブルへと続くフィナーレの中で歌われます。

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さて、サンフランシスコ・オペラの《セビリアの理髪師》です。

このプロダクションの主要人物(4人のリード役)は、ダブルキャストでした。私が観た2026年6月21日の主な出演者は以下です。

  • フィガロ役 ジャスティン・オースティン:2022年に『ハムレット』のマルセルス役でメト・デビューを飾る。プロのオペラ歌手の両親をもつ。ボーイソプラノを経て現在のバリトンへ。

  • ロジーナ役 ホンニ・ウー(Hongni Wu/吴虹霓):中国出身のメゾソプラノ歌手は、マンハッタン音楽学校で学び、2018年のメトロポリタン・オペラ・ナショナル・カウンシル・オーディションでの優勝、ロイヤル・オペラ・ハウスのジェット・パーカー・ヤング・アーティスト・プログラム に参加。

  • アルマヴィーヴァ伯爵役 ジャック・スワンソン:オペラ界でいま注目を集めている、アメリカ出身のハイ・リリック・テノール。2025年にアルマヴィーヴァ伯爵役で鮮烈なメト・デビューを飾ると、同年にはバイエルンやウィーンなどのトップ歌劇場にも次々と出演。さらに来年には、パリ・オペラ座やサン・カルロ劇場へのデビューも決定しています。

  • ドクター・バルトロ役 パトリック・カルフィッツィ:25年以上にわたりニューヨークのメトロポリタン歌劇場を中心に活躍する、アメリカ出身の著名なバス・バリトン歌手。歌はもちろん素晴らしいのですが、演技も抜群!

  • ドン・バジリオ役 リカルド・ファッシ:ミラノ生まれの若き実力派バス歌手。老役・悪役系コミカルロールはもちろん、端正な容姿と確かな演技力で2022年に『フィガロの結婚』のフィガロ役でロイヤル・オペラ・ハウスで主役でデビューを飾る。

  • ベルタ役 キャサリン・クック:アメリカのメゾソプラノ歌手キャサリン・クックは、世界的な難関オーディションを勝ち抜き、サンフランシスコ・オペラの「メローラ・オペラ・プログラム」および「アドラー・フェローシップ」に選出された経歴を持つベテラン。現在はサンフランシスコ音楽院にて声楽の教授を務めています。

写真、後列左から、ベルタ(キャサリン・クック)、ドン・バジリオ(リカルド・ファッシ)、フィガロ(ジャスティン・オースティン)、ロジーナ(ホンニ・ウー)、アルマヴィーヴァ伯爵(ジャック・スワンソン)

クリエイティブスタッフ:

  • 指揮:ベンジャミン・マニス(Benjamin Manis)

  • 演出:エミリオ・サージ(Emilio Sagi)

  • 舞台美術:リョレンス・コルベラ (Llorenç Corbella)

  • 衣裳:ペパ・オハングレン (Pepa Ojanguren)

今回の『セビリアの理髪師』で特に印象に残ったのは、音楽以上に舞台美術と演出の巧みさです。このプロダクションはサンフランシスコ・オペラとリトアニア国立オペラとの共同制作で、2013年に初演、2015年に再演され、今回は11年ぶりのリバイバルとなります。

まず面白かったのが、オペラが始まる前からすでに幕が開いているところ。舞台には傾斜のある黒いセットと白い壁。そして目立つように、大きな胸像が置かれています。最初は「誰だろう?」と思っていたのですが、後から調べたらロッシーニでした。

ロッシーニの胸像が

エミリオ・サージによるこの演出で興味深いのは、序曲の途中から舞台袖に数組の男女が現れ、ロッシーニの胸像の周りでフラメンコをベースにしたステップで踊り始め、次第に舞台の端に折り畳んであった舞台セットを引っ張って組み立てていく点です。白で統一されたフラメンコ風の衣装をまとったダンサーたちが、急勾配のついた舞台の準備過程をそのまま見せるこの手法は、非常に効果的でした。

この「舞台ができていく過程を見せる」演出がすごくうまいんですよね。普通ならカーテンが開いた瞬間にスペインの街が完成な形で現れるところを、あえてその手前の段階を見せることで、観客を少しずつ物語の世界に招き入れるこの演出は絶妙だと思いました。あるレビューで「ロッシーニの世界に招き入れるメタ的な仕掛け」と書かれていたのですが、まさにそんな感覚でした。

さらに感心したのはダンサーたちの役割です。単に踊るだけでなく、舞台装置を動かしたり胸像を運んだりするのですが、さすがダンサー、流れるような身体性で空間を変化させていきます。その所作があまりにも滑らかで、気づかぬうちに舞台が完成している──そんな印象を受けました。

2015年のサンフランシスコのプロダクションより
The flamenco-influenced dancing is an integral part of SF Opera’s delightful production of Rossini’s “Barber of Seville.” Photo Credit: Cory Weaver.

サンフランシスコ・オペラは、こうしたダンスの使い方が非常に巧みだと改めて感じます。同団体には「レジデント・コールド(Resident Corps)」と呼ばれる専属ダンサーが所属していて、オペラの中で振付や様式化された動きを担うだけでなく、舞台全体の流れを支える大事な存在になっています。

序曲が終わってダンサーたちが去ると、舞台は一気に白を基調とした明るい空間になりました。スペインの強い陽射しを思わせる、すっきりとした美しさです。スペイン出身のエミリオ・サージらしく、セビリアの雰囲気の出し方がやっぱりうまいなと感じました。その中で、斜めに傾いたセットが絶妙な存在感を出していました。

セビリアは《セビリアの理髪師》をはじめ、《フィガロの結婚》、《ドン・ジョヴァンニ》、《カルメン》、さらにはベートーヴェンの唯一のオペラ《フィデリオ》など、多くの作品の舞台となっている都市です。そんなこともふと思い出しながら観ていました。

出典:Partere Box By Michael Anthonio、Photo: Cory Weaver/San Francisco Opera

今回の舞台で特に気になったのは、舞台の一部に設けられた、床下へと開く暗い空間です。登場人物たちがそこに滑り込むように出入りするのですが、どこか現実離れしていて不思議な感覚があります。まるでドラえもんの「どこでもドア」のような、不思議な入口のようにも見えました。

その空間が一番効果的に使われていたのが、第1幕のバジリオのアリア「La calunnia è un venticello(中傷はそよ風のように)」の場面です。ちょっとした噂がやがて巨大なスキャンダルへと膨れ上がっていく様子を歌うこの曲に合わせて、例の床下空間から黒い布が風に乗るように現れ、徐々に広がっていきます。これがロッシーニ特有のクレッシェンドとぴったり合っていて、音楽で盛り上がるのと同時に視覚的にも「そよ風がやがて嵐へと変わる」というイメージがとてもよく伝わってきます。

出典:Opera Warhorses, June 10, 2026 by William Burnett
https://operawarhorses.com/2026/06/10/review-joshua-hopkins-levy-sekgapane-maria-kataeva-lead-barber-of-seville-cast-one-san-francisco-opera-june-5-2026/

さらに布が大きく波打つあたりでは、「噂が広がる」様子が少しユーモラスに、でも印象的に描かれていて面白いところ。そしてクライマックスでは、バジリオが白い糸をばっと投げ広げる場面があり、能の《土蜘蛛》を思わせるような演出で、これがまた妙に印象に残りました。

今回の演出では、色彩の変化がとてもうまく取り入れられていました。最初は白を基調としたシンプルな舞台で、登場人物たちの衣装も白や黒、茶色といった控えめでミニマルな色合いです。

そこから物語が進むにつれて、少しずつ舞台に色が加わっていき、気づけば視覚的にも豊かな世界へと変わっていくのがとても印象的でした。

Joshua Hopkins as Figaro, Maria Kataeva as Rosina, and Levy Sekgapane as Count Almaviva in Rossini’s “The Barber of Seville.” Photo: Cory Weaver/San Francisco Opera

  とはいえ、そういう視覚的な仕掛けに目を奪われながらも、ロッシーニの音楽の軽やかさや楽しさは、しっかりと耳に残ってきます。あまり細かいことは分からなくても、テンポの良さや全体の明るい雰囲気に引き込まれて、気づけば舞台と音楽を一緒に楽しんでいる、そんな感覚になりました。

そして最後のフィナーレでは、その流れが一気に花開きます。衣装はまるで虹のように鮮やかな色彩にあふれ、舞台は一転してカラフルなパーティーシーンに。ロジーナとアルマヴィーヴァ伯爵の結婚を祝って、 第一幕の兵士たち(男声コーラスのメンバー)が手にピンクのハート形バルーンやなぜかピンクの巨大な綿菓子をもってお祝いに集まって来ます。

2015年のサンフランシスコのプロダクションより
出典:https://www.opera-online.com/en/items/productions/the-barber-of-seville-san-francisco-opera-2015-2015

また冒頭でロジーナにセレナーデを捧げていた楽団がやって来て演奏に、今度は華かな色合いの衣装に着替えたフラメンコダンサーたちが踊り、主役たちもその輪に加わります。背景にはチェリーレッドを基調とした花火の映像が映し出され、視覚的な華やかさも最高潮に達します。そして最後には、新郎新婦が真っ赤なクラシックカーのオープンカーに乗り込み、皆に見送られながら花火の中へと去っていきます。

こうした華やかなフィナーレにもサージらしさがよく表れているように思いました。

今回サージの演出に興味を持ち、インタビューや過去のレビューをいくつか読んでみました。日本でも今年2月に新国立劇場でサージ演出の『リゴレット』が上演されており、近年注目を集めている演出家の一人です。

サージの演出の根底にあるのは、「音楽こそが物語を語る」という考え方です。彼は作品が生まれた時代や世界観を尊重しながらも、抽象的で象徴的なイメージを取り入れ、音楽が持つ感情やドラマを視覚的に浮かび上がらせます。

また、サージは舞台における「美しさ」もとても大切にしています。音楽の流れを損なうことなく、視覚的な美しさや楽しさで観客を包み込みながら、古典作品であっても現代の観客に自然に届く舞台を作り上げています。
この『セビリアの理髪師』も、終始明るく親しみやすく、オペラの楽しさそのものを伝えようとしている舞台でした。白を基調とした世界から色彩あふれる祝祭へと移り変わる様子は、まさにサージが大切にしている「美しさ」と「楽しさ」を象徴しているように感じました。

劇場の空間そのものが色で満たされていくような感覚で、観ているこちらまで幸せな気分になる、そんなフィナーレでした。

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サンフランシスコ・オペラ『セビリアの理髪師』のハイライトシーン

私が観たのと、別のキャストの映像です

  • フィガロ: ジョシュア・ホプキンス(Joshua Hopkins)

  • ロジーナ: マリア・カタエヴァ(Maria Kataeva)

  • アルマヴィーヴァ伯爵: レヴィ・セカパネ(Levy Sekgapane)

  • ドクトル・バルトロ: レナート・ジロラーミ(Renato Girolami)

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おまけ

オペラヴォックス(Operavox)- セビリアの理髪師
英国BBCがウェルシュ・ナショナル・オペラ等と共同制作した短編オペラアニメーションシリーズ


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