日々俳句鑑賞243 「入学試験幼き頸の溝ふかく」 中村草田男
試験の場にいる子どもは、ただ机に向かい、うつむいている。その首筋に落ちた影が、思いのほか深く見えたのだろう。「幼き」という一語が、その身体のあどけなさを強く印象づける。
首の溝は、本来ただの陰影にすぎない。だがここでは、そのわずかな影が過剰な意味を帯びる。答案へと傾く姿勢が、目に見えぬ重さを可視化しているかのようである。
この視線は、社会的な通過儀礼を見守るおとなの視線であろう。親であるか、監督であるかは定かでない。ただ、子どもよりも長く社会を知る者が、はじめてその入口に立つ小さな背を後ろから見つめている。
季語は「入学試験」、春である。春は芽吹きの季節であると同時に、選ばれ、振り分けられ、新たな場へ踏み出す季節でもある。やわらかな光は、その幼い首を照らしながら、影をもはっきりと浮かび上がらせる。
首の溝が深く見えたのは、緊張のせいかもしれない。だがそれはまた、子どもが社会の時間へ足を踏み入れる瞬間の輪郭でもある。句はその一瞬を、静かに、しかし確かにとらえている。
『合本俳句歳時記第五版』(角川書店)より
