日々俳句鑑賞397 「蟬時雨もはや戦前かもしれぬ」 攝津幸彦

「蝉」は晩夏の季語。「蟬時雨」はその子季語。降り注ぐような蝉の声は、生命の充溢と晩夏の熱気を耳いっぱいに満たしてくれる。

この句の核心は、「もはや」の一語にある。読者は思わず「もはや戦後ではない」と続くことを予想する。しかし作者は、その予想を鮮やかに裏切り、「戦前かもしれぬ」と結ぶ。

私たちは「戦後」を生きていると思っている。けれども、もし未来に戦争が起これば、この現在は後世から「戦前」と呼ばれることになる。その瞬間、現在という時間の足場が揺らぎ、平和な日常が決して永遠ではないことに気づかされる。

作者は声高に警鐘を鳴らしているのではない。ただ、降りしきる蝉時雨を浴びているなかで、「この平和は永遠ではないのかもしれない」という予感が胸をよぎる。その直感を、「かもしれぬ」という控えめな言葉に託したのである。

夏の最も豊かな生命の響きが、皮肉にも時代の危うさを照らし出す。十七音のうちに時間の見方を反転させ、読むたびに新たな不安と問いを呼び起こす、攝津幸彦ならではの名句である。


季語解説参照・例句引用:『角川俳句歳時記 第五版』


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