ダーリン。
『ベタ』という闘魚をご存知かしら?
ペットショップだけでなく、ホームセンターなんかでも見かけるかも。
たいてい、小さなコップに入れて売られている。
かわいそうに思うよね? 私も思った。
でも、彼らはラビリンス器官を持っていて、水面から空気を吸えるから、あのブクブクのエアーはいらないんだって。
それどころか、あのヒレじゃない?(サムネ参照) 水流があると、しんどいみたい。
この子たち、見た目の華やかさとは打って変わって、なかなかに激しい性格をしているの。
東南アジア原産の淡水魚なんだけど、オス同士が、縄張り争いのために激しく闘うのよ。
現地では、その習性を利用して『闘魚』として戦わせたりするんじゃない?
もっとも、日本で売られているのは、多彩な色と豪華なヒレに品種改良された『観賞魚』なんだろうけど。
昔、妹が美大生の頃、ベタを飼い始めたの。
オパールみたいなオスだった。
動くたびに、キラキラと七色に輝く、あの優雅さと言ったらなかったわ。
全盛期の美川憲一みたい。
妹は、その美しさに魅入られて、何枚も何十枚も彼の絵を描いてた。
ある時、妹がメスを買ってきたの。
メスはもともとヒレが小さいのよ。
おまけに、ありふれた茶色の淡水魚。
お世辞にも、綺麗とは言えない娘だった。

でも、2匹は出会ってすぐに恋に落ちたわ。
妹が用意した新居は、小さなコップではなくて、大きめの水槽だった。
オパールが、大きなヒレを目一杯に立ち上げて求婚したかと思うと、メスをそのヒレに抱いて、水槽の底まで、ゆっくりと沈んでいく。
メスは、本当に失神したみたいに動かなくなるの。底まで到達すると、メスは正気を取り戻して、再び、水面から抱かれて沈んでいく。
真夜中の静寂の中で、何度も何度も繰り返して、新たな命を産み落とすの。
美大生じゃなくても、その神秘に魅せられたわ。
オパールはその儀式の後、泡巣を作って、水底に落ちた卵を、一粒一粒、口で拾い集めて泡巣に運んだわ。
それから、毎日毎日、水底に落ちた卵を拾っては泡巣に持ち帰ってた。

本当なら、ここでメスを離さないとオスに攻撃されるかも、なんだけど、オパールは、若き妻にそんなことはしなかったわ。
寝食を忘れて卵を守るオパールと、しっかりと食事を摂り、体力を回復させていく、若き妻。
やがて、卵から孵った稚魚たちが、水槽の中をウジャウジャと泳ぎ始めたの。
最初の頃は、うまく泳げないから、危うげな稚魚をオパールが回収して、泡巣へと連れて帰るのよ。
本当に、美しくて、優しくて、頼もしい父親だった。
稚魚たちが、ようやく自力で泳げるようになってきた頃、若い妻が、待ってましたとばかりに、オパールに擦り寄って行ったの。
魚のくせに、自ら抱かれに行ったのよ。
オパールはまた、その大きなヒレに彼女を抱いて、水底まで沈んだわ。
そしてまた、産み落とされる新たな命。
こうなっては、神秘的だの、愛だの、言ってられないじゃない?
「この家庭、人間やったら、えらいこっちゃやで。破産や、破産!」
妹は血相を変えて、最初の子どもたちを別の水槽に移したわ。
最初の子どもたちを、引き取る決心をしたのよ。乳母よ、乳母になったのよ、妹は。
ね? 私、最初に言ったよね。
ベタは闘魚だって。
つまり、成長に伴って、オスは同じ水槽では飼えないの。共食いするし、殺し合うから個別に飼育しないといけないのよ。
無計画家族の弊害は、妹の生活にまで影響し始めたわ。男の子たちは実家を出て、次々に狭いアパートで、一人暮らしを始めたから。
一方、愛の儀式を終えて、無事に二度目の産卵を終えた若き妻は、満足したのか、またしても、しっかりとご飯を食べて、体力をつけていったわ。
そしてまた、オパールの子育てが始まったの。
ある時、ふと見ると、彼はもう、オパールではなくなっていたわ。
かつて、七色に光り輝いていたその体は痩せ、無数の茶色いシミが浮いていたの。
子育て中は、餌をやってもほとんど食べないからね。
ほどなく、オパールは天に召されたわ。
若き妻を残して、逝ってしまったのよ。
たくさんの子供は、その成長の過程で自然淘汰され、自然界と同じように、強くて大きな数匹だけが残ったの。その子らは、美大生仲間に、養子として貰われていったわ。
未亡人となった、精力旺盛な若き妻を不憫に思った妹は、友人宅から、大きなヒレを持つ緋色の若人を連れてきて、彼女に再婚を勧めてみたの。
でもね。
彼女は、落ちなかった。
まるで、「青二才に用はない」と言わんばかりの、酷い振る舞いだったわ。
緋色の立派なヒレを、目一杯いきり立てて、猛る男の目の前を、涼しい顔で泳ぎ去ったの。
完全に、『Out of 眼中』を貫いたのよ。
あんな小さな体にも、ちゃんと『心』が備わっているのかしら?
彼女はその晩年を、1人きりの水槽で暮らしましたとさ。
(了)
マイキーさん主催の『♯エッセイしりとり』が、いよいよ最終日を迎えます。
正式にバトンが回ってきたわけではなく、ついさっき、主催者マイキーさんとのやりとりの中で、最終日に1本どうですか? とお声掛けいただきました。
お題は、『た』(『だ』もOK)ではじまり、『ん』で終わるタイトル。(本文の内容は、審査の対象外だったと思います)
タンバリン
ダージリン
タリバン
だんだん
団子3本
タンスにゴン...笑
まぁでも、私は正式な出場資格があるわけじゃなし...😁
パート5連休の最中、楽しく過ごさせていただき、ありがとうございました。
