映画「ラスト・サバイバー」世界が終わったら、星に名前をつける★
リドリドスコスコ♪( 'ω' و(و
㊗️米寿✨
リドリー・スコット監督の新作が観られるだけで幸せな私。
なのにパンフレットが売ってない。
売り切れとかじゃない、作られていない(ノД`)・゜・。
こういう「ちょっと待って、もっと詳しく教えて!」となる映画に限ってパンフレットが作られないのは何故なのか。
原題『The Dog Stars』
観終わってみると、圧倒的に原題のほうが映画の内容に合っている。
というか『ラスト・サバイバー』の気持ちで観に行ったら、思っていた映画とだいぶ違うんよ!
最近は歴史ものが続いていたリドリー・スコット御大だったけど、ポスターから漂う荒涼とした空気だけでもワクワク✨
開幕、草刈り機に乗り込む男
愛犬と一緒に乗って、機械を操作するのは手慣れたもの。
終末世界だし、自給自足で農業でもしているのかな?と思ったら、その草を刈って整地した場所は滑走路だった。

男は黄色のちょっとボロいセスナに愛犬を乗せ、渓谷を越えて、廃墟と化した街へやってくるーー。
山の緑と黄色いセスナの映え方よ!!
冒頭から心が鷲掴みにされちゃう。
ポストアポカリプスの退廃浪漫(´▽`)
人間なんてどうせいつか滅びるんですよ、それでもどっこい生きていくしかないんですよ!の設定が大好きなので、開始早々眼福でした。
だが、観ているうちに映画の方向が変わっていく
え、そっち行くの!?
そこからさらにそっち!?(◎_◎;)
“ラスト”の意味を改めて考えちゃう。
セスナ以上に映画そのものが飛び回る。
文明が崩壊した世界。
わずかに残った人々。
共同体。銃撃戦。旧文明の残滓・・・
かなり色々盛っているので、説明して収拾付ける気がないし、手癖も感じたりする。
にもかかわらず、なんだかんだ面白い。
ベストセラー小説を映画化しただけあって、派手なだけじゃない、その哲学的な内容や、落とし方も好きでした。
( *´艸`)
以下ネタバレあーだこーだ
世界が終わったあとに・・・
疫病によって人口の大半が失われた世界。
主人公ヒッグは元整備士で、バングリーという元軍人と二人、飛行場を拠点に暮らしている。
ヒッグはセスナで周辺を偵察し、近くに暮らすメノナイトの人々へ物資を届けている。

メノナイトは、アーミッシュにも近いルーツを持つキリスト教再洗礼派の人々で、質素な生活や共同体を重視することで知られている。
本作では、近代文明から距離を置いた生活をしていた人々の方が、文明崩壊後には逆に生き残る力があることを描く。
そこが皮肉である。
電気も機械もあって人類の生活は楽になった。
そして、ワクチンや薬で疾病を少しづつ克服してきた。
文明があったからこそ人間は長く生きられるようになった。
その文明が消えた瞬間、食べ物を育てられること、水を確保できることができる人間はどれほどいるのだろうか。
病気を診られることの価値も跳ね上がる。
リドリー・スコット監督自身も、かつての世界では技術者が重要だったが、この世界では農民と医者が何より重要になるという趣旨の話をしている。
……とはいえ、元技術者のヒッグがセスナを維持し、発電設備を扱い、メノナイトの集落では壊れた井戸のポンプすら直せないのだから、技術者もめちゃくちゃ要るやろ!!とは思う(;´∀`)
文明とは何か一つを残せばいいわけではない。
農業も、医療も、技術もいるのだけど、単純に現代の技術者が一番の社会が崩壊したら?という思考実験ありきなのかな?と思う。
万人の万人に対する闘争
元軍人のバングリーは、文明崩壊後の世界に完璧に適応した男である。
知らない人間は信用しない。
武器を持って近づいてくれば、相手が撃つか考えるより先に撃ち殺す。
ヒッグが躊躇したら怒る。
愛犬ジャスパー(U ・ω・)を失ったことすら、
「他人を警戒しないお前への罰だ」と言い放つ。
ひどい。(ノД`)・゜・。
ポスターであんな犬と男の終末物語だと思ったら、こんなに早く退場させるなんて思わなかったよ。
ジャスパーのことは絶対許さない。👹
でも、生存戦略としては正しい
国家も警察も法律もない世界では、他人が自分を殺すかもしれない以上、自分を守るためには先に相手を排除するしかない。
まさにホッブズのいう「万人の万人に対する闘争」である。
文明を失った世界では、人間の考えも17世紀まで巻き戻る。
でも、生存は出来ても、新しい社会は始まらない。
誰も信用しなければ、新しい出会いもない。
ヒッグは外に可能性を求める。
繰り返し聞こえてくるグランドジャンクションの無線
バングリーは録音だと一蹴するが、ヒッグはどこかにまだ人が暮らしているかもしれないと希望を持つ。
毎日誰かを殺し、生き延びるだけ。
それなら世界が終わる前と何が違うのか。
そして、ヒッグは飛び立つ。
それはかなりお人好しな考えでもあるのだろう。
(ジャスパー🐶の恨みもあるヨ)
でも、誰かを信じてみるという少しの愚かさが、人類の再起動には必要なのだ。
西部開拓史をもう一度
不時着した地で出会った、美しい娘シマと父親ジャック。
こんな終末世界でマーガレット・クアリー演じるシマさん、足も胸があまりに煽情的である。
ԅ(//́Д/̀/ԅ)💓
なのに彼女を見ると、『サブスタンス』がセットで思い出しちゃうぅぅ💦
最初はぶっきらぼうだった父親とも、酒を飲み交わし、思い出話を語り少しずつ打ち解けていく。
これ、娘は任せた、、、とか言い出すヤツなのでは?みたいな気持ちになってくる。
バイソンが駆け抜け、両手挽鋸を使い木を切り、ロバを使って切り株を掘り起こす。
ここまで来ると、ほとんど西部開拓史である。

土地を拓き、知らない者を警戒し、銃で自分たちの土地を守る。極めつけは、馬に乗った略奪者たちが襲ってくる。
見た目はゾンビのように白く塗った、ハゲ生き残集団。
彼らに関しては説明不足で、どういう経緯でこうなったのかはよく分からない。

彼らは人間から秩序と倫理を取り除いたあとに残る、暴力と略奪だけの存在を象徴的にしているのかもしれない。
文明が剥がれ落ち、人間が動物へ近づいていく姿。
でも、どうみても西部劇の再演として見ると、かつての「開拓者対先住民」の構図を別の形に置き換えているようにも見えちゃうのが危ない(;´∀`)
ネイティブ・アメリカンをそのまま敵として置くわけにもいかない現代に、正体不明の略奪集団をそこへ配置しただけなのかな、、、とは妄想した。
このあたりは移民問題とかの匂いも感じちゃうのよね。。
と、小難しいことを考えさせてから、飛び立つセスナにわらわらと縋りついてくる奴らを、派手にプロペラで爆散させたのには、不謹慎にも笑ってしまう。
今までの静かな浪漫砲はどこいった?みたいな気持ちに。『28年後』カナ。。。?
文明が残っているのに、一番野蛮
そして三人が辿り着くグランドジャンクション。
まだ人がいる!
文明が残っている!
ラピュタは本当にアッタンダー!ヾ(´∀`)ノ
・・・と思ったら、そこには1950~60年代のアメリカをそのまま保存したような世界が広がっている。
スチュワーデスの制服。
カラフルなバーとあふれるお酒。
ゴルフの練習までしちゃう、華やかな人々。

『Fly Me to the Moon』まで流れている。
シナトラ版が発表された1964年といえば、人類が本気で月へ向かっていた時代。
人間は科学と技術でどこまでも進歩できる。
宇宙さえ自分たちのものにできる。
そんな20世紀アメリカの希望と万能感を保存したようなグランドジャンクション。
でも、そこにいる人間は壊れている
シマが医者だと分かれば「貴重な人材だから残す」。
男二人は労働力として必要ない。
そして冷凍庫には人肉。
こいつらカニバリズムしてる、、(◎_◎;)

文明が一番残っているように見えて、一番野蛮。
人間を「役に立つか、立たないか」だけで判断する。
医者なら生かす。不要なら食う。
合理的で、非人間的。
文明とは、服を着て酒を飲み、ルールを作ることではない。
ここでは、文明の外側だけを残して、博愛や助け合いという中身を失っている場所。
憧れた地だけど、チガッター!
脱出!!
アンテナを手榴弾投下で爆破。
ちゅどーん!( ᐛ )ノ⌒ 💣💥🔥

ええ・・・(;´∀`)
御大は派手な爆発がさせたかっただけでしょ!?とメタなことも思いつつ・・・
グランドジャンクション側も醜悪なれど、集団内ルールでは上手く回っていたのに、余所者を入れたせいで破壊されているのよね・・・とも考えてしまう。
やっぱり家が一番ね
と、元のバングリーとの飛行場へ帰る一行。
でも、バングリーはもう、、( ;∀;)
と思っていたら、生きてるんか!!
この辺りは、アメリカの強い男。
USA!USA!( ゚∀゚)o彡°
ってことなのだろう。
イケおぢが二人になったよ!という私得な展開。
文明とは、人間性とは
バングリーは人を信用しなかった。
略奪者たちは他人から奪った。
グランドジャンクションは人間を価値で選別した。
どれも生存のための合理性である。
でも、それが人間の本質なのか?と問うようでもある。
ヒッグは再び一人、セスナを飛ばす。
ずっと亡くした妻を忘れられず、妻に呼ばれるなら思い出の山の壁へ飛行機ごと突っ込んでもいいと思っていた。
冒頭から観た、その山壁へ向かい、エンジンを切る。
機体を風へ預ける姿は、意志を求めるよう。
そして最後の試みで、風が飛行機の向きを変える。
「まだ来なくていい。」
そう言われたように。
妻と暮らした家で、彼女が去っていく姿を見届け、ようやくヒッグは生者の側へ戻る決心をする。
シマと夜空を見る
愛犬ジャスパーと眺めた夜星。
星を結んで、勝手に名前をつける。
ジャスパー座。(ᐡ ᐧ ﻌ ᐧ ᐡ)
原題『The Dog Stars』が効いてくる。
人間は、星と星を結んで物語を作ることもできる。
昔の人々が夜空の光に神や英雄や動物を見つけ、神話を作ったように。
正しい星座がわからなくなってしまっても構わない。
月まで行った人類が滅んだとしても、もう一度そこから始めればいいじゃない。
妻も、ジャスパーも、かつての世界も、失ったものを語ることや、その記憶と一緒に生きていけばいい。
シマと新たな幸せを作っていく。
世界は終わったけど、小さな幸せは確かにつかんだラスト。
リドリー・スコット監督は、物語を作るために世界を用意するというより、まず世界があって、その中に人間を放り込む監督だと思っている。
本作もまさにそうだった。
終末世界の生き方が先にありきで物語があるからこその作品だと思う。
だから物語は少し詰め込みすぎだし、疫病の詳細も、略奪者の正体も、「こまけえこた良いんだよ!」状態。
正直、街の風景は色々矛盾があるので、哲学的な方に振ってるなあと思った。
それでもちゃんと面白い。
アクションになれば御大は軽々と見せ場を作り、ロケットランチャーまでシティーハンターの海坊主ばりにぶっ放してくる。
でも、今作で一番好きだったのは、登場人物たちがそれぞれの人生を築きながら、ゆっくり心を通わせていく静かな時間だった。
多弁ではないのに、じんわり。
エンジンを切ったセスナのような静謐さ。
かつて知っていた世界が消えたあと、どう生きるのか。
そんな御大なりのエール。
「君たちはどう生きるのか」のタイトルでもいけそう( ´∀` )
確かに、リドリー・スコット最高傑作ではない。
設定も色々と雑。
でも、美しさに目を奪われる場面や演出が何度もあった。
やっぱりリドスコ映画が好きなのです♡🌌
ファンメイドのホワイトドラゴンカットですら3つもverあって、ファンの愛が凄い。。。(;´∀`)
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いただいたチップで猫たちのオヤツ代か、新作映画を観て感想を書かせていただきます٩(ˊᗜˋ*)و”
