記憶の欠片を探して
人には、いつ自我が生まれるのであろうか。
私たちは毎日、当たり前のように様々なことを考え、その肉体を操っている。しかし、この日常における超常現象は、果たしていつから始まっていたのだろうか。
一般的に、幼児が自分と他人を区別し、自身の意思を持つのは、1歳から2歳の頃と言われる。
しかし、私にはこの考え方がいまいちピンとこない。何せ、私にはその頃の記憶など、とんとないのである。持っていない記憶の頃から、私が始まっていたとは納得がいかないのだ。
最古の記憶、それこそが私にとっての私の始まりである。そして、私は、私が始まった日のことを知りたかったのだ。
こうして、私の最も古い記憶を探す壮大な旅が始まったのである。
私には、一つの古い記憶の欠片があった。
それは暗い嵐の夜だった。
奇しくも、私が敬愛してやまない偉大なアメリカの作家・スヌーピー氏の小説と同じ始まり方であることに、運命を感じてならない。
その夜、幼い私は、母と弟と3人で見知らぬ人の家にいたのである。外は暗く、激しい雨が降っており、記憶の中の私はどこか不安げであった。
わずかこれだけの記憶であるが、私の最古の記憶はこの場面である。ここから、私が始まったと言ってよいだろう。
このことを弟に話したところ、なんと、弟にも同様の記憶の欠片があったことが判明したのである。しかも、弟の記憶には私と異なる場面があり、彼は、何故か一人で廊下に座っており、そこでカレーを食べていたのだという。
私より二歳下の弟であるので、彼にとってもこの日が最古の記憶のはずである。彼もまたこの日から始まったのだ。
さて、この運命的な日について知りたくなった私たちは、母へ、その日のことを尋ねることにしたのである。
実際にはグループラインで聞いたが、せっかくなので、ここからは昔話のように長老から真実を伝えられた若者風でお届けしたい。
その日、村々の主だった者たちが長老の家に集まった。神妙な顔で長老の前に座るのは、二人の若者・正輝と翔之助の兄弟である。
あたりはすっかり暗くなり、蝋燭の火が妖しく揺れる中、おもむろに正輝が口火を切った。
「長老…、いえ、母上。本日は、我らに起きた30年前の嵐の夜の出来事についてお聞きしたく、参りました。あの日、なぜ我らはあの見知らぬ家にいたのですか。そして、そこで何があったのですか。」
鬼気迫る顔の正輝。
無理もない。この日に、彼ら兄弟の始まりの謎があるのである。
長老ばあばは、湯呑を口元に運び、静かに茶を飲みながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めたのである。その目は兄弟ではなく、どこか虚空を見ているかのようであった。
「あれは暗い嵐の夜じゃった。あのとき、わしらの住んでた村は、氾濫した川によって洪水に見舞われたのじゃ。ほんに、恐ろしい夜でのう。そのとき、わしはまだ齢三十にもならぬ小娘だったのじゃ。そして、不幸なことに、このとき頼るべき夫は出張で不在だったのじゃよ…。」
長老ばあばの隣で、長老じいじはまるで興味がなさそうにスマホをいじっている。彼は、TikTokにお熱なのである。
長老ばあばは、言葉を続ける。
「わしらの家も、もはや危険だったのじゃ。そこで、わしは主ら幼き兄弟を連れて、近所の高台の家に避難させてもらったのじゃよ。まるで知らん方だったが、わしら三人を憐れんでくれてのう。優しく家に入れてくれたわい。」
長老ばあばが、静かに目を瞑る。その目には、うっすら涙さえ浮かんでいるようである。
そして、正輝は理解した。それで、三人で見知らぬ人の家にいたわけかと。その日は、本当に特別な出来事があった日だったのである。
これを聞いていた翔之助は、自身の記憶について、長老ばあばに問いを加えた。
「ということは、その家でカレーをいただいたのでありましょうか。それがしは、なぜか廊下で食していた記憶があるのでございますが。」
長老ばあばは、先刻までとは異なり、目を見開いて、鋭く翔之助を睨むように見た。
「…そうじゃ。高台の家の方は大変優しくてのう。避難してきたわしらに温かいカレーまで振る舞ってくれたのじゃ。わしは、本当に嬉しくてのう。人の温もりをあんなに感じた日はないわい。」
再び、長老ばあばが涙ぐむ。が、今度はすぐにまた目をカッと見開いてこう続けた。
「ところがじゃ。その家には、猫がおったのじゃ。たいそう可愛らしい猫でのう。なんの悪さもせん、おとなしい猫じゃったわい。」
正輝と翔之助が、思わず顔を見合わせる。二人とも大の猫好きなのである。猫の話が出ただけで、にんまりしてしまうのだ。
「その猫にのう…。翔之助。」
長老ばあばの口調には、明らかに怒気が含まれている。
「あろうことか、お主がその猫を追い回したあげく、終いには唾まで吐きよったのじゃわい。わしは、親切にしてくれた高台の家の方に申し訳なくて、申し訳なくて…。」
長老ばあばは、当時を思い出して暗い顔で震えている。隣にいる長老じいじは、こちらのほうがTikTokより面白いと嗅ぎつけたのか、いつの間にやらスマホから目を外し、楽しそうにニヤニヤしている。正輝もまた、下を向きながら笑うのを必死に堪えていた。
一方で、翔之助は顔面蒼白である。そして、振り絞るような声でこう聞いたのだ。
「さ、されば…、廊下で食べていたというのは…。」
長老ばあばが、首をゆっくり上下させ答える。
「…罰じゃ。」
このようにして、私の記憶の欠片を探す旅は終わりを告げた。あの暗い嵐の夜から、私は始まったのだ。
そう、まだ若かった母に守られながら、見知らぬ人の優しさに触れて、私という人間は歩みを始めたのである。
一方、この旅に付き合ってもらった弟は、また新たな旅に出かけることとなった。何やら、ぶつぶつと「…上書きしなきゃ。」というようなことを呟いていた。
しかし、彼には、もうこれ以上古い記憶など出てきやしないだろう。大人しく、猫につばを吐いて始まった自分の人生を受け入れるべきなのである。
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深水双葉さんから、「エッセイしりとり」のバトンをいただきました。つい先日、別のバトンを深水さんに渡してほっとしていたら、違うバトンが返ってくるという😂
「き」から始まるエッセイということでしたので、今回の「記憶の欠片を探して」というエッセイを書いております。
さて、前回同様に誰に渡すか悩むところですが、今回は大丈夫です。深水さんの真似をして、先のバトンと逆方向で渡していけばよいのです。
ということで、しんさくさんお願いします!思い起こせば、「しりとり」は、私たち二人が親交を深めたきっかけの一つでしたね😆
次は、「て」から始まるエッセイをお願いします😊
企画の詳細は、こちらをご参照ください😊
でも、期限も短いですので、スルーしても全然大丈夫ですので👍🏻
(概要)
・バトンを渡した人の記事のタイトルの最後の文字をタイトルにつける
・本文140字〜3000字
・締め切り8月31日
・#エッセイしりとり のタグをつける
・3名以内で次の人に繋げる(繋げなくてもいい)
