信じたいのに、信じてるのに心配で不安になる
最近、旦那の様子をよく気にしてしまいます。
元気がなさそうだったり、ちゃんとご飯を食べていなかったりすると、「大丈夫かな」と心配になってしまいます。
飲み物を飲んでいるかな。
ちゃんと食べているかな。
疲れていないかな。
もともと私は、人に何かしてあげることで幸せを感じるタイプです。
そのため、今仕事をしていないこともあり、その分旦那にいろいろしてあげたくなってしまいます。
でも、気づきました。
私は旦那を信じていないわけではありません。
むしろ、信じたいし、信じています。
それでも、不安になってしまいます。
大切な人だからこそ、元気でいてほしい。
ずっと一緒にいたい。
だから、少し元気がなさそうなだけでも、私の頭の中では心配がどんどん大きくなってしまいます。
「大丈夫かな」から始まって、
「ちゃんと食べているかな」
「無理していないかな」
「何かあったらどうしよう」
と、まだ起きていないことまで考えてしまいます。
そして、旦那の様子を確認して、一瞬安心します。
でも、またすぐに気になってしまいます。
そんなことを繰り返しているうちに、旦那の状態と私の感情が、いつの間にか一緒になってしまっていました。
旦那が不安そうだと、私も不安になる。
旦那が元気がなさそうだと、私まで落ち着かなくなる。
でも、本当は違うのですよね。
旦那と私は別の人です。
旦那の感情は旦那のもの。
私の感情は私のものです。
旦那が疲れているからといって、私まで一緒に不安になる必要はないのだと思います。
旦那が自分のことをどうするかは、旦那に任せてもいいのだと思います。
心配になったときは、声をかける。
「大丈夫ですか?」
「無理しないでくださいね」
「飲み物ここに置いておきますね」
そこまでできたら、あとは少し離れて見守る。
それも「信じる」ということなのかもしれません。
私は今まで、心配になったら何かしてあげなければいけないと思っていました。
でも、
「心配すること」と「何かをすること」は、必ずしもセットではないのだと思います。
心配していてもいい。
不安になってもいい。
ただ、その不安に自分の行動まで全部持っていかれないようにすることが大切なのかもしれません。
「今、私は不安なんだな」
と気づいて、自分のところに戻ってくる。
旦那は旦那。
私は私。
旦那を大切にすることと、自分の心を大切にすることは、どちらか一つではないのだと思います。
信じたいのに不安になる。
それでもいいのだと思います。
不安になりながらでも、少しずつ信じて手放す練習をしていけばいいのだと思います。
「大丈夫。今は何も起きていない。」
そう自分に言いながら、今日も少しずつ、自分の時間に戻っていこうと思います。
