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ノートは使い切らないほうがいい



わたしは、しばしばローソンで無印良品のノートを購入します。

一冊120円。30枚。

とても簡素なノートです。だからこそ、気軽に使いはじめることができます。

以前のわたしは、ノートを最後まで使い切らなければもったいないと思っていました。

途中に白いページを残したまま、新しいノートを使いはじめることには、どこか後ろめたさがありました。せっかく買ったのだから、一番最後のページまで書かなければならない。そんな小さな義務感があったのです。

しかし最近は、考え方が変わりました。

書きたいことがまとまったら、そのノートはそこで終わってもいい。

むしろ、ノートは使い切らないほうがいいのではないか。そう思うようになりました。

ノートには、それぞれの世界がある



ノートに書くことはさまざまです。

noteの連載の構想を書くこともあれば、実際の記事を手書きで執筆することもあります。参考になりそうな資料をコピーして、切り貼りすることもあります。

思いついた言葉だけを書き残すこともあります。

一冊のノートのなかで、考えが広がり、言葉が生まれ、資料と自分の発想が結びついていきます。

そうして、ある程度のことがまとまると、そのノートの役割はひとまず終わります。

まだ白紙のページが残っていたとしても、無理に別のことを書き加える必要はありません。

一つのテーマがまとまったところで、その一冊を閉じる。

それはノートを途中で投げ出したのではなく、一つの世界が完成したということなのです。

空白は、無駄ではなく大切な空間



ノートを使い切ろうとすると、まったく関係のない内容まで同じ一冊に書き込むことになります。

前半にはnoteの連載構想、途中から授業のメモ、最後には買い物の記録。もちろん、それも自由なノートの使い方です。

しかし、あとから読み返したとき、一冊のなかにいくつもの世界が混在していると、自分が何を考えていたのか見えにくくなることがあります。

それならば、余白を残したまま閉じてもいい。

空白のページは、使われなかったページではありません。そのテーマのために確保されていた余白です。

あとになって、続きを書きたくなるかもしれません。そのときには、再びそのノートを開けばいい。

空白があるからこそ、過去の思考に戻る場所も残されています。

またローソンへ行く



一つのテーマがまとまったら、わたしはまたローソンへ行きます。

そして、新しい無印良品のノートを一冊購入します。

120円で30枚。

新しいノートを開くと、そこにはまだ何もありません。

けれども、何もないからこそ、これまでとは別のことを考えることができます。新しい連載を構想してもいい。資料を貼ってもいい。最初の一文だけを書いて、しばらく寝かせてもいい。

新しい一冊を買うことは、紙を補充することではありません。

別の世界を一つ、手元に用意することなのだと思います。

ノートは、消耗品ではない



ノートを紙の束として考えれば、最後まで使い切るほうが合理的です。

しかし、ノートは単なる消耗品ではありません。

一冊ごとに、考えた時間があり、迷った跡があり、言葉になる前の言葉があります。

大切なのは、何ページ使ったかではありません。そのノートによって、何を考えることができたかです。

10ページしか使っていなくても、一つの考えがまとまったのなら、そのノートは十分に役割を果たしています。

反対に、最後のページまで埋めることばかりを気にして、書くことが窮屈になってしまうのなら、そのほうがもったいないでしょう。

ノートは、使い切らなくてもいい。

書きたいことがまとまったら、そこで一度、表紙を閉じる。

そしてまた、新しい一冊を開く。

白紙のページを残すことは、無駄ではありません。

それは、一つの世界に区切りをつけて、次の世界へ進むための余白なのです。