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王冠をかぶったまま、他人を臣下にしない。|まなつ流「フェア」という美学


まなつちゃんは、近寄りがたい。

……ように見える。

「ワタクシ」と名乗り、自分の実績は数字で堂々と出す。

自分の商品には、きっちり値札をつける。

言いたいことは言う。

自信も隠さない。

遠慮して自分を小さく見せるようなこともしない。

なんというか。

【女王様まなつ】である。👑

めじゅは今、まなつちゃんにサイト制作で協力してもらっている。

実際にやり取りをして、一緒に考えて、意見をもらっている。

その制作について書いてくれた記事を、まなつちゃんは自分の固定記事にもしてくれている。

だからこれは、遠くからまなつちゃんの記事を読んで、

「この人って、こういう人なんですよ」

と勝手に人物評をする話ではない。

めじゅ自身も、まなつちゃんと関わっている。

そして関わっているうちに、ずっと不思議だったことがある。

この人、あんなに自己主張が強いのに、なんで息苦しくないんだろう。

最近になって、ようやく言葉になった。

この人。

自分と相手を、混ぜないのだ。


👑 最近よく見る「人を動かす文章」


最近、noteを読んでいると、人を動かすことを強く意識した文章をよく見かける。

不安を刺激するもの。

今のままでいいのか、と問いかけるもの。

相反する二つの気持ちや選択肢を置いて、その間で読者を考えさせるもの。

二択に見せながら、最後にはひとつの出口へ導いていくもの。

いわゆるダブルバインドに似た構造が、文章の中で巧みに使われていることもある。

めじゅは、それが悪いとは思わない。

文章には、人を動かす力がある。

迷っている人の背中を押すこともできる。

自分では気づかなかった矛盾を見せることもできる。

商売なら、商品まできちんと案内することだって必要だ。

それも文章の仕事のひとつだと思う。

そんな文章をいくつも読んでいたところへ、まなつちゃんの記事を読んだ。

木漏れ日亭さんという方を紹介した記事だった。

そして、妙なことに気づいた。

この人、読者をどこかへ連れていこうとしてないぞ。


👑 「めんどくさい」とまで書くのに、裁定しない


その記事で、まなつちゃんは木漏れ日亭さんを、

「おっさんリス」

と呼ぶ。

さらに、

「エキセントリックにめんどくさい性格」

とまで書く。

なかなかの切れ味である🤣

しかも、木漏れ日亭さんが「金儲けだけでは動かない」ことや、「木漏れ日亭として美しいか?」にこだわること、自分から売り込むことへの違和感まで拾っている。

でも、そこから、

「だから、この人は正しい」

へ行かない。

「こういう人を見習うべきだ」

にも行かない。

逆に、

「そんな考え方では商売にならない」

とも言わない。

最後に置かれるのは、

そのめんどくささこそが彼の味であり、そのこだわりによって愛されている、という、まなつちゃんから見えた木漏れ日亭さんの姿だ。

あれ?

裁定してない。

ここで、めじゅの嗅覚🐽ヒクヒクが、反応した。


👑 フェアって、真ん中に立つことじゃない


フェアというと、

どちらにも肩入れしない。

双方の意見を聞く。

真ん中に立つ。

そんな姿を想像しがちだ。

でも、まなつちゃんは違う。

そもそも真ん中に立とうとしていない。

自分の場所に、ものすごく堂々と立っている。

まなつちゃんとホワイトタイガー🐯
この関係性でも、主従関係ではなくて。
伴走者だって思う。


「めじゅはこう思いますが、いろいろな考え方がありますから……」
(めじゅ、案外こんな感じで、ヘロヘロすること多い…🤣💦)

みたいに、主語を薄めることもしない。

好きなら好き。

面白ければ面白い。

めんどくさければ、めんどくさい🤣

自分の感じたことを、自分の言葉で書く。

これは、

自分に対するフェア

なんだと思う。

でも同時に、

相手の考えを自分の価値観に回収しない。

「この人の生き方は、つまり私の考えている○○の証明です」

とはしない。

相手は、相手の場所にいる。

これは、

相手に対するフェア。

そしてもうひとつ。

読者に、

「だから、あなたもこう思うでしょう?」

と迫らない。

好きになるのもいい。

苦手だと思うのもいい。

サービスに興味を持つのも、持たないのもいい。

読んだあとに何を思うかは、読者の場所に残されている。

これは、

読者に対するフェア。

自分。

相手。

読者。

三者をひとつの場所へ集めて、

「はい、ここが正解です」

としない。

三者を、三者のまま置いておく。

めじゅには、それがものすごく面白い。


👑 「混ぜない」ということ


以前、めじゅ自身が当事者になった、ちょっと大きな出来事があった。

そのときにも、似たことがあった。

まなつちゃんは、めじゅに同調することで、

「私はめじゅ側です」

とはしなかった。

かといって、相手側に立って、めじゅの感じたことを薄めるわけでもなかった。

「どちらにも一理ありますね」

と、高いところから裁定するわけでもなかった。

まなつちゃんは、まなつちゃんの場所にいた。

そのときは、

冷静な人なんだな。

合理的な人なんだな。

そんなふうに思っていた。

でも、今回の記事を読んでいて思った。

ちょっと違う。

冷静というより、

混ぜないんだ、この人。

自分の感情と、相手の感情。

自分の判断と、相手の判断。

そして、それを見ている第三者の判断。

それぞれに、それぞれの所有者がいる。

そこを勝手に接着しない。


👑 それでも「わたくしを見ろ」


ここまで書くと、

控えめで、慎ましくて、一歩引いた人を想像するかもしれない。

違う🤣
自分を引っ込めない。

まなつちゃんは、自分を売る。

しかも、堂々と売る。

今回の記事の最後でも、noteを始めて約10か月で全体ビュー33万超、7月の月間ビュー6万超という実績を提示している。

そのうえで記事執筆の依頼を4,980円で受けると、値段も依頼方法もはっきり書いている。

隠さんのである🤣

めじゅは、まなつちゃんのこの商売が好きだ。

自分を小さく見せない。

自分の商品価値を、自分で引き受ける。

権威の後ろへ隠れるのでもなく、誰かを下へ置いて自分を高く見せるのでもなく、

「わたくしは、これです」

と出てくる。

ほぼ素っ裸である。

👑だけ被っとる。

わたくしを見ろ。

強い。

めちゃくちゃ強い。

でも。

ここから先へ来ない。

わたくしを見ろ。
だから、わたくしを選べ。

にはならない。

ここに一本、見えない境界線がある。


👑 わたくしを見せる権利は、わたくしにある。


たぶん、めじゅがずっと感じていたものは、これなんだと思う。

わたくしを見せる権利は、わたくしにある。

自分の実績も。

自分の考えも。

自分の癖も。

自分の商品も。

自分が「これには4,980円の価値があります」と思うなら、それを堂々と提示する。

そこに遠慮はいらない。

でも、同時に。

わたくしを選ぶ権利は、あなたにある。

買うか。

買わないか。

好きか。

嫌いか。

面白いと思うか。

近寄りがたい女王様だと思うか🤣

そこから先は、相手の領分だ。

自分を強く主張することと、他人の選択を尊重すること。

普通はどちらかを弱めないと両立しないように見える。

でも、まなつちゃんは、

どっちも弱めない。

自分を引っ込めない。

相手にも踏み込まない。

だから、あれだけ濃いのに息苦しくない。


👑 軽く書くために、たぶんものすごく考えている


もうひとつ。

めじゅは、まなつちゃんの文章を読んでいて思う。

この人、

ものすごく軽く書いているように見えて、めちゃくちゃ考えて書いているんじゃないか。

自分は今、どこにいるのか。

相手は、どこにいるのか。

この文章を読む人には、どう見えるのか。

書いて。

読んで。

削って。

また見る。

自分の位置。

相手の位置。

読者の目線。

何度も精査して、ブラッシュアップする。

でも、ブラッシュアップしすぎて、自分の味まで消さない。

「ワタクシ」もいる。

「おっさんリス」もいる。

「ヤベぇ!」もいる🤣

ちゃんと、まなつちゃんの文章だ。

それなのに、

自分の味を、相手には混ぜない。

これは、自分で文章を書いて、自分で何度も確かめている人の強みなんじゃないかと、めじゅは思っている。

AIを使わないから偉い、という話ではない。

めじゅなんぞ、AIと毎日どったんばったんである。
AI相手にキレ散らかし、「絶交だ‼️」と言い出す、大人気ない還暦めじゅである…(*⩌⤚⩌)

でも、まなつちゃんは違う。
そんなんじゃない。

自分の位置、相手の位置、読者の位置を、最後まで自分自身の目で確認している。

自分と相手との関係性
これがまなつちゃんの視点だと思う。

その工程まで含めて、まなつちゃんの文章なんだと、めじゅは感じた。


👑 王冠は、脱がなくていい


だから今、めじゅには【女王様まなつ】が少し違って見えている。

いや。

女王様じゃない、という意味ではない。

王冠は被っとる。

そこは脱がんでよろしい🤣👑

「わたくしを見ろ」と、堂々と立っている。

でも、

誰にも臣下になれとは言っていない。

めじゅは、まなつちゃんの、このあり方が好きだ。

文章の上手さだけじゃない。

商売の上手さだけでもない。

突出しているから、でもない。

もっと根っこのところにある、

自分が自分である権利と、
あなたがあなたである権利を、
同じように扱うこと。

それが、めじゅにはとてもフェアに見える。

だから、めじゅは勝手に名前をつけた。

【まなつ流美学】

その中心にあるのは、たぶん、この二つだ。

わたくしを見せる権利は、わたくしにある。

わたくしを選ぶ権利は、あなたにある。

めじゅには、そう見えている。

さて。

ここまで読んで、あなたにどう見えたか。

そこから先は、めじゅのものではない。

あなたのものだ。



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