円都(イェンタウン)の夢は終わったーー『スワロウテイル』
『スワロウテイル』(4Kリマスター&Dolby Atmos)は冒頭、
都市を俯瞰するイメージに重なるナレーションを聴いた瞬間、
96年の公開から30年の時を越えて
こちらに迫ってきたのでした。
「むかしむかし、“円”が世界で一番強かったころ……」
一攫千金を求めて外国人移民が日本に集まり、
その街を「円都(イェンタウン)」と呼んだ。
そしてややこしいのだが、
そこの住民もイェンタウンと言われている。
「円で夢が叶う、夢の都……そしてこれは、
円を掘りにイェンタウンにやって来た、
イェンタウンたちの物語」
売春婦のグリコ(Chara)と何でも屋のフェイホン(三上博史)の仲間になった少女アゲハ(伊藤歩)の周囲に、移民の売春婦たちの日常がある。

日本語と中国語、英語と、
それらがごちゃまぜになったクレオールが
交わされている。
阿片窟には廃人みたいな中毒者がいる。
やくざの首を青龍刀で斬り落とすような
中国人マフィアも、うごめいている。
そんな混沌とした世界に住まうことで、
まるで初期チャン・イーモウ映画のヒロイン、
コン・リーやチャン・ツィイーみたいな少女は、
意志的な大人になってゆくのです。


そう、
岩井俊二の映画では珍しいことだと思うのですが、『スワロウテイル』には映画的な記憶に溢れている。
たとえば、トラックの荷台に積まれた
廃品のピアノを、
グリコが弾いている。
ニューシネマの名作『ファイブ・イージー・ピーセス』のジャック・ニコルソンみたいに。

なぜか上海への強制送還を免れたフェイホンが、
浮き足だって街を走っていた。
が、何かが目に飛び込み立ち止まる。
イェンタウン・バンドの看板が、
クレーンに吊るされまさに、
撤去されようとしていた。
『甘い生活』のヘリで運ばれるキリスト像のように。

偽の一万円が一枚が錬金術で生んだ、
十枚のホンモノの千円札。
それがたびたび宙に舞う。
そういえば『太陽を盗んだ男』では、
沢田研二が作ったニセ札が、
デパートの上階から
大量にばら撒かれていた。

無駄のない、
シンプルかつ的確なアクション描写にも、
目を見はらせられます。
ススキ野原を突っ切ろうとする車を物陰から、
フェイホンはクロスボウで狙っている。
放たれ矢はタイヤに命中。
ハンドルが効かなくなった車は、
パンクしたタイヤを中心に
弧を描くようにして止まる。
あるいは鈴木野(桃井かおり)とグリコの車を、
中国人マフィアが急襲する場面。
ショットガンによる銃撃で
フロントガラスもリアガラスも粉々にされ
万事休すか!
運転席の鈴木野は、車を止める。
「降りろ!」と迫られ従う姿勢を見せる、が
気が動転してシートベルトを外し忘れていた……
ふりをしてすばやく車に飛び乗って
アクセル全開で急発進させる、
といったように。
物理学の法則に嘘をつかないアクションが、
見事なテンポで展開してゆくのです。

しかし、夢物語は終わる。
刑事の拷問で死んだフェイホンの遺体を
廃車になって車に納めて、
仲間たちは火葬で送ります。
炎に紙幣を投げ入れて焚べる。
ゴールドラッシュはまぼろしに終わった。
そこで、この映画のテーマソングといえる
フランク・シナトラの〈マイウェイ〉が
流れるのです。
ーーー
そして今、死期が近づいている
私は人生の終幕を迎えようとしているのだ
友よ、はっきりと言おう
確信を持って言うことが出来る
私は精一杯生きてきた
どんな道も避けずに通った
更に、それ以上自分の道を歩んで来たんだ
ーーー
フェイホンは、「自分の道」を
自由に選べた人間ではない。
移民であり、偽札を作り、裏社会を生き、
最後には警察の拷問によって死んだ。
その彼が〈マイウェイ〉で葬送される皮肉、
悲しみ。

ラン(渡部篤郎)がライフルで空砲を放つ。
本来ならば
国家のために死んだ英雄に捧げられる弔銃で、
フェイホンを悼むのです。
イェンタウン、移民たちが
国家の儀礼を借りて、仲間を送る……。
最後にふたたび、〈マイウェイ〉の歌詞を引いて、
このエッセイを閉じることにしましょう。
ーーー
私は愛して、笑って、泣いた
欲しいものは手に入れたけれど、
失うこともあった
そして今や涙は乾いて、楽しい思いで
一杯になったと感じる
ーーー
しかし何なのでしょう、映画が終わって抱いた、
この喪失感は……。

公開は9月4日から
https://swallowtail4k.jp/
