第14話|夏空の忘れ傘
夏の公園には、
大きなケヤキの木があります。
朝は子どもたちの声。
昼はセミの声。
夕方になると、
やさしい風が吹き抜けます。
その木のベンチには、
毎年一本だけ、
傘が置かれていました。
青い柄の、
少し色あせた長い傘。
不思議なことに、
雨の日ではなく、
よく晴れた日に現れるのです。
━━━━━━━━━━━━
小学四年生の遥香は、
その傘が気になっていました。
「誰の忘れ物なんだろう。」
近所のおじさんも、
犬の散歩をする人も、
首をかしげるばかり。
交番へ届けられたこともありました。
けれど、
翌年になると、
また同じ場所に置かれています。
「ほんとうに不思議。」
遥香は、
夏休みの自由研究にすることにしました。

━━━━━━━━━━━━
毎日、
同じ時間に公園へ通いました。
そして、
八月の終わり。
夕焼けが空を赤く染めるころ、
一人のおばあさんが、
ゆっくり歩いてきました。
おばあさんは、
ベンチの傘を見ると、
やさしく手を伸ばします。
でも、
持って帰ることはありません。
そっと向きを直し、
また歩き出そうとしました。
「待って!」
遥香は、
思わず声をかけます。
「その傘、
おばあちゃんの?」
おばあさんは、
少しだけ笑いました。
「私のじゃないの。」
「でも、
昔、
この木の下でね。」
「暑い日に、
知らない人が、
この傘を貸してくれたの。」
━━━━━━━━━━━━
「突然、
具合が悪くなってしまってね。」
「日陰まで歩けなかった私に、
その人は、
『返さなくていいですよ。』
そう言って、
傘を置いて行ったの。」
「名前も、
知らないまま。」
おばあさんは、
空を見上げました。
「だから毎年、
あの日を思い出して、
一本置いて帰るの。」
「今度は、
誰かの役に立つように。」
遥香は、
傘を見つめました。
忘れ物ではありません。
誰かへの、
置き手紙だったのです。
━━━━━━━━━━━━
その翌日。
真昼の日差しの中、
小さな男の子が、
汗をいっぱいかきながら歩いていました。
お母さんは、
重そうな荷物を抱えています。
遥香は、
ベンチの傘を手に取りました。
「どうぞ。」
お母さんは、
驚いた顔をしました。
「でも……。」
「返さなくても大丈夫です。」
その言葉に、
おばあさんの笑顔が重なりました。
男の子は、
傘の下で、
にっこり笑いました。

━━━━━━━━━━━━
翌年も。
そのまた翌年も。
夏になると、
公園には一本の傘が現れます。
忘れ物ではありません。
誰かが、
知らない誰かのために置いていく、
やさしさの忘れ形見。
夏空の下には、
そんな物語が、
今日も静かに続いていました。
━━━━━━━━━━━━
あとがき
やさしさは、
返ってくるものではなく、
受け継がれていくものなのかもしれません。
名前も知らない誰かから受け取った思いやりは、
また別の誰かへ渡されます。
夏の日差しの中で一本の傘がつくる木陰は、
暑さだけでなく、
人の心まで少し涼しくしてくれる気がします。
次回予告
第15話|海へ帰るビー玉
夏祭りでもらった青いビー玉。
なぜか海へ近づくたび、
コロコロと転がり始めます。
その理由を知ったとき、
少年は小さく笑って、
そっと波打ち際へしゃがみ込みました。
次回も、
夕暮れの帰り道でお会いしましょう。
いいなと思ったら応援しよう!
もし「いいな」と思っていただけたら、応援いただけると嬉しいです。無理のない範囲で大丈夫です。これからも楽しんでもらえる発信を続けていきます。