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法事の途中でトイレに立つのは失礼ですか。|聞きづらいから、私が書きます。⑤




🌱 はじめに


法事が始まって、十分ほど。

「……まずい。」

急にお腹が痛くなってきた。

トイレへ行きたい。

でも、

お経の途中です。

親族はみんな座っています。

立ったら目立つかもしれない。

「今だけ我慢しよう。」

そう思って耐えてみる。

でも、どうしても限界。

立ち上がろうとした、その瞬間。

頭の中に浮かぶのは、

「故人様に失礼ではないだろうか。」

「空気を壊してしまうのではないか。」

「もう少しだけ我慢するべきかな。」

今日は、そんなお話です。



お世話になっております。

記録と闘う修行僧、そっさんです。

「聞きづらいから、私が書きます。」

第五回は、

「法事の途中でトイレに立つのは失礼ですか。」

です。


🌿 結論から、お伝えします。


どうぞ、

我慢しないでください。

本堂でも。

ご自宅でも。

お経の途中でも。

静かに席を立っていただいて構いません。

故人様も、

お坊さんも、

「今はトイレへ行ってはいけません。」

そんなことは思っていません。

生理現象です。

どうしても我慢できない時があります。

そのことで、

失礼になることはありません。


🚪 戻ってくる時も、気にしなくて大丈夫です。


「途中で出てしまったから、

戻るタイミングが分からない。」

そんな方もいらっしゃると思います。

私なら、

外で待たなくて結構です。

戻られたら、

静かに席へお戻りください。

焼香がまだでしたら、

そのまま焼香してください。

終わってしまっていたら、

時間があれば焼香していただければ十分です。

そのまま移動する流れでしたら、

そのままご移動ください。

誰も悪くありません。

タイミングは、

誰にも分からないものです。


🍃 我慢大会ではありません。


もちろん、

法事の前にお手洗いへ行くことは大切です。

私もできるだけ、

事前に済ませるようにしています。

でも、

済ませたからといって、

絶対に行きたくならない保証なんてありません。

お腹が痛くなる日もあります。

薬の影響もあります。

体調もあります。

年齢もあります。

だから私は、

法事は我慢大会ではないと思っています。

焼香のタイミングと、

トイレのタイミングが、

たまたま重なった。

それだけです。

余計に考えなくて大丈夫です。


🪷 実は、私も修行中に二度ありました。


実は私自身、

修行中、

坐禅の最中に急にお腹が痛くなり、

トイレへ駆け込んだことがあります。

静寂の中、

一人だけ立ち上がるのは、

かなり勇気がいりました。

でも、

どうにもなりませんでした。

実は修行道場には、

トイレへ行く時にも作法があります。

立ち上がる時。

戻ってくる時。

それぞれ決まった動きがあります。

そしてもう一度は、

坐禅と坐禅の間にトイレへ行った時でした。

急いで戻りましたが、

次の坐禅はもう始まっていました。

その時は、

「始まりに間に合わなかった以上、

今回は外で待ちなさい。」

と叱られました。

それは、

坐禅という修行だからです。

張り詰めた空気の流れを、

皆で作る時間だからです。


🌸 修行と法事は、違います。


私は修行で、

厳しい作法を学びました。

だからこそ、

法事まで同じ考えを持ち込もうとは思いません。

修行は、

自分を鍛える場所です。

法事は、

故人様へ手を合わせる場所です。

目的が違います。

だから私は、

法事で同じことが起きても、

怒ることはありません。

修行中、

後輩が住職の講義中にトイレへ立ったこともありました。

住職は怒りませんでした。

生理現象だからです。

終わったあと、

「事前には行っていたか?」

それだけを確認されました。

「行っていました。」

そう答えると、

「なら仕方ない。

戻ったらまたしっかり坐りなさい。」

それだけでした。

私はその姿勢を、

今も大切にしています。


👶 お子さんは、迷わず連れて行ってください。


前回の記事でも書きましたが、

お子さんは、

「今!」

と思った時には、

本当に「今」です。

どうか迷わず、

すぐ連れて行ってあげてください。

多少バタバタしても、

何も問題ありません。

お子さんは、

わざと困らせようとしているわけではありません。

今を一生懸命生きています。

だから、

気にしなくて大丈夫です。


🤲 お寺側も、安心していただけるよう努力します。


今回の記事を書きながら、

私自身も改めて思いました。

焼香のこと。

お手洗いのこと。

お寺側から、

法事が始まる前に、

ひと言添えるだけで、

皆さんはもっと安心できるかもしれません。

「途中でお手洗いへ行かれても大丈夫ですよ。」

「焼香はあとでも構いませんよ。」

そのひと言で、

我慢する方が一人でも減るなら、

私はこれからも伝えていきたいと思います。

安心して手を合わせていただける空気を作ることも、

お坊さんの役目だと思っています。


🌿 最後に、お伝えしたいことがあります。


法事の途中で、

どうしても席を立たなければならなかった。

我慢できなかった。

空気を壊してしまった。

そう思っている方がおられましたら、

どうか安心してください。

あなたは、

故人様に失礼なことをしたわけではありません。

トイレへ行って、

戻ってきて、

また故人様へ手を合わせた。

そのお気持ちは、

ちゃんと伝わっています。

法事が終わったあと、

もし気になるようでしたら、

喪主様へひと言お伝えすれば十分です。

謝るようなことではありません。

人は誰でも、

思いがけないことが起こります。

だからこそ、

お互いに許し合える関係でいたいものですね。

だから、どうか安心してください。

聞きづらいことがあれば、これからも私が書きます。

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