【命は有限】
ねえ、覚えていますか。

いつだったか、釈迦、仏陀さまがこう仰ったという話を、一緒に関心を持って聞いた日のことを。
「命は有限である」
その一言を聞いたとき、あなたはずっと遠くを見つめるような目をして、小さく息を吐いていましたね。
まるで、言葉の重みが胸の奥深くへ沈んでいくのを感じ取っているかのように。
私たちは普段、当たり前のように明日が来ると思っています。
「また明日ね」と言って別れ、「来年こそは」と未来の約束を交わします。
まるで時間が無尽蔵に湧き出る泉であるかのように。
けれど、本当はそうではないんですよね。
この世界にある生きとし生けるものすべての命は、どれひとつとして例外なく、
終わりに向かって静かに刻限を刻んでいます。
どんなに強く願っても、どれほど愛おしく思っても、命にはかならず最後のページが存在します。
それを「儚い(はかない)」と呼ぶのかもしれません。
桜の青葉が秋に赤く染まり、やがて冬の風にさらわれて散っていくように。
夕暮れの空が、一瞬の鮮やかな朱色を闇へと溶かしていくように。
この世界で私たちが触れられる美しいもの、愛おしいものはすべて、うつろい、消え去っていく定めを背負っています。
「それなら、どうして命なんてあるのだろう」
「いつか消えてしまうのに、なぜこんなにも愛おしくなってしまうのだろう」
もし、あなたがそんな孤独や切なさに胸を締めつけられそうになっているなら、
少しだけ私と立ち止まって、考えてみてほしいのです。
命が「儚い」からこそ、命は「尊い」のではないでしょうか。
もしも私たちの命が永遠で、いつでも会えて、いつまでも同じ景色を見られるのだとしたら、
いま隣にいる人の微笑みに、これほど心が震えるでしょうか。
握りしめた手のぬくもりに、これほど愛おしさを覚えるでしょうか。
終わりがあるからこそ、この一瞬が二度と戻らない奇跡になるのです。
二度と戻らない一瞬だからこそ、私たちはその時間を愛おしみ、誰かを愛し、
自分以外の誰かの幸せを祈ることができるのです。
あなたの命の時間は、いまも静かに流れています。
そして、あなたが愛する誰かの時間も同じように、二度と巻き戻せない秒針を進めています。
これまでにあなたが過ごしてきた時間の中には、傷ついたこと、報われなかったこと、
涙を流した夜もあったでしょう。
「自分なんて」と、自分の命の価値を見失いそうになった瞬間があったかもしれません。
けれど、覚えていてください。
あなたが今日まで生きてきて、誰かに向けた小さな優しさや、誰かを想って胸を痛めたこと、
そしていまこうして命の深さに心を寄せるその温かな魂そのものが、奇跡のような尊さを放っているのです。
命は有限です。
限られた時間だからこそ、この世界で出会えたこと、言葉を交わせたこと、
同じ空の下で同じ時間を生きられたことは、奇跡という言葉でも足りないほどの宝物です。
今日、生きていること。
大切な人の名前を呼べること。
その声を聞いて、心が揺れること。
そのすべてが、二度と繰り返されることのない、あなただけの素晴らしい命の物語です。
どうか、自分というかけがえのない命を抱きしめてあげてください。
そして、巡り会えた大切な人との「いま」を、温もりを確かめるように愛していってください。
あなたの刻む時間が、優しさと光で満たされますように。
この記事を執筆するにあたり、私はあなたのことを思い、そして、心を込めて書きました。








Photo & philosophy donchan🍀🍀
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