マーケティングとブランディングの境界線:定義の変遷から紐解く実務の視点
「マーケティングは、売れる仕組みをつくること」
「ブランディングは、選ばれる理由をつくること」
こう聞くと、違いが分かった気がしますが、いざ自分の仕事に当てはめると、少し困ります。
商品の特徴を見直す。価格を変える。ホームページの説明を整える。接客の仕方をそろえる。
どれも売れ方に関わるし、選ばれる理由にも関わる。境界を引こうとするほど、同じ仕事が両側に入ってきます。
そこで、言葉の定義と、それぞれの研究が何を扱ってきたのかをたどってみました。
見えてきたのは、きれいな役割分担というより、異なる時期に提案された複数の見方でした。
マーケティングの定義は、誰に聞くかで違う
まず、マーケティングには何か一つ、絶対的な定義があるのでしょうか。
有力な参照先の一つが、米国マーケティング協会、American Marketing Association(AMA)です。現在の定義では、顧客や取引先、社会全体にとって価値のある提供物を、つくり、伝え、届け、交換する活動や制度、プロセスを扱っています。
広告や販売だけでなく、その前後まで含む、かなり広い捉え方です。
一方、英国のChartered Institute of Marketing(CIM)は、顧客の要求を把握し、予測し、利益を上げながら満たすマネジメント・プロセスとして説明しています。
両者が正反対というわけではありません。ただ、どこに重心を置くかが違います。
「マーケティングとは何か」を話すときは、どの定義に立っているのかで、話の範囲も変わります。
商品の流れから、顧客と事業全体へ
AMAが公表した定義の変遷を見ると、1935年に前身団体が示した定義は、生産者から消費者へ商品やサービスを流す事業活動を中心にしていました。
いまの定義と比べると、流通に重心があります。
ただし、これは当時の公式定義の話です。この一文だけから「昔の商売には顧客志向がなかった」とまでは言えません。
1960年、マーケティング研究者のセオドア・レビットは『Marketing Myopia』で、企業が自分たちの事業を商品の側から狭く捉えてしまう問題を論じました。
鉄道会社は、鉄道を動かす会社なのか。それとも、人や物を運ぶ需要に応える会社なのか。
前者で考えれば、自動車や飛行機は自分たちの事業の外に見えます。後者なら、同じ顧客の要求に応える別の手段として見えてきます。
レビットが区別したのは、できあがった商品を売ることと、顧客の必要から事業全体を考えることでした。
販売も必要です。ただ、何をつくり、どのように届けるかまで考えるなら、販売の工夫だけでは足りません。
商品以外にも、マーケティングは使えるのか
1969年には、フィリップ・コトラーとシドニー・レヴィが『Broadening the Concept of Marketing』を発表します。
そこで問われたのは、マーケティングの原理を、営利企業の商品以外にも適用できるのではないか、ということでした。
対象には、非営利組織、人、アイデアも含まれます。
何かを知ってもらい、価値を伝え、参加や支持につなげる。そのような活動にも、マーケティングの考え方が使えるのではないか。
この論文は、扱う対象を広げようとした代表的な提案です。ここで突然すべてが変わったというより、何をマーケティングに含めるかが議論されてきた、と読むほうが自然です。
「交換」は消えて、また戻ってきた
1985年のAMA定義では、アイデア、商品、サービスの構想や価格設定、プロモーション、流通を計画・実行し、個人と組織の目的を満たす交換を生み出すことが明記されました。
商品を流すだけでなく、どのような提案なら交換が成立するかを考える。企業が扱う活動の範囲も、より具体的に示されています。
2004年になると、定義から「交換」という言葉が外れ、価値の創造・伝達・提供と、顧客関係の管理が前面に出ます。
ここまで読むと、「交換の時代が終わり、関係や価値の時代になった」と整理したくなります。
ところが、2007年の改訂では交換が戻ってきます。さらに、価値を届ける対象として社会全体も明記され、現在の定義につながります。
新しい考え方が、古い考え方を順番に消してきたわけではありません。
何を中心に据えるかを見直しながら、扱う活動や対象を組み直してきた。少なくともAMAの定義の変遷は、そう読めます。
ブランドは、見分ける印であり、意味を持つものでもある
では、ブランドはどうでしょうか。
ブランド研究者のバーバラ・スターンは、辞書に基づく歴史分析を通じて、brandという言葉が物理的な対象と、人の頭の中の表象の両方を指すことを論じています。
目に見える名前や印と、そこから思い浮かぶもの。この二つは、現在の定義にも顔を出します。
AMAはブランドを、ある売り手の商品やサービスを他と識別する名前、用語、デザイン、シンボルなどとして説明しています。同じページにはISOのブランド規格についての補足もあり、イメージや連想を生み、経済的な価値につながる無形資産という捉え方が紹介されています。
識別の話と、意味や価値の話が、並んでいるわけです。
たとえば、店の名前を見て「どの店か分かる」ことと、「あそこなら、ゆっくり相談できそうだ」と思うことは違います。でも、実際の買い物では、その両方がつながっています。
イメージの話は、最近始まったわけではない
1955年、バーリー・ガードナーとシドニー・レヴィは『The Product and the Brand』で、ブランド名を、さまざまな考えや属性を表す複雑な象徴として論じていました。
消費者は商品の機能だけを比べているのではない。ブランドに抱く考えや感情、態度も、その選択に関わっている。
論文には人格の話も、ブランドの評判への長期投資という話も登場します。
そのため、「最初は名前だけ、その後にイメージ、さらに後に人格や資産へ」と、時代ごとにきれいに分けることはできません。
後の研究は、以前からあった問題意識を、別の角度から詳しく捉え直してきたとも考えられます。
ブランドについて知っていると、反応が変わる
ブランドを経営上の資産として扱う代表的な著作に、デービッド・アーカーの『Managing Brand Equity』(1991年)があります。
さらに1993年、ケビン・レーン・ケラーは、顧客ベースのブランド・エクイティを、ブランド知識がマーケティングへの消費者反応に生み出す差として定義しました。
少し身近に置き換えてみます。
同じサービスの案内でも、初めて聞く会社から届くのと、以前に丁寧な対応をしてくれた会社から届くのとでは、受け止め方が違うかもしれません。
「その会社について何を知っているか」が、目の前の提案への反応に関わる。
もちろん、実際に差を測るなら、条件をそろえた比較が必要です。それでも、ブランドを「なんとなく良い雰囲気」で終わらせず、反応の違いとして考える手がかりになります。
人格、関係、企業戦略にも研究は及ぶ
1997年、ジェニファー・アーカーは、ブランドに結びつけられる人格特性を測る尺度を開発しました。1998年には、スーザン・フルニエが、消費者とブランドの関係を研究しています。
また、マッツ・ウルデは1994年に、ブランドを基礎として企業戦略を組み立てる「ブランド志向」を論じました。
ここでのブランドは、広告の見た目だけの問題ではありません。企業が何に資源を使い、どのような価値を届け続けるかにも関わります。
2021年のPihaらの研究でも、ブランド志向を測る枠組みに、ブランドの重要性、一貫性、差別化、ブランドに関する情報を収集・活用する側面が含まれています。
ただし、これはすべての企業がこう進化したという歴史ではありません。ブランドを扱う研究に、こうした複数の視点があるということです。
違いを説明するだけでは、仕事が決まらない
ここまでたどると、マーケティングとブランディングを完全に別の箱に入れるのが難しい理由が見えてきます。
広い意味のマーケティングは、価値をつくるところから交換まで扱う。ブランドを重視する経営論も、商品や伝え方、企業活動に関わる。
一方で、ここから「ブランディングは必ずマーケティングの下位概念だ」と決めるのも、今回の資料だけでは行きすぎです。
また、複数のブランド観があることと、「ブランディングの統一定義は存在しない」と断言することも別です。
実務では、言葉の境界を決める前に、相手の何を変えたいのかを置いたほうが、仕事を決めやすいと考えています。
たとえば、ホームページの改修です。
他社と見分けがつかないなら、名前や見た目、特徴の伝え方を見直す。
何を頼める会社か分からないなら、サービスの説明や事例を整える。
頼みたいけれど不安なら、料金や依頼後の流れ、対応範囲を明らかにする。
実際の対応が案内と食い違うなら、提供するサービスや業務の進め方まで戻って考える。
これらをマーケティングと呼ぶか、ブランディングと呼ぶかは、採用する定義によって変わるでしょう。それでも、修正する対象は具体的になります。
もっとも、これは実務上の提案で、今回の歴史資料が効果を証明しているわけではありません。担当範囲や予算を決める場面では、用語の定義をそろえることも必要です。
ただ、「これはどちらの仕事か」で話が止まっているなら、問いを一つ変えることはできます。
「いま、お客さんはどこで迷っていて、何が分かれば次に進めるのか」
その答えが一つ見つかれば、ページの一文を直すところからでも始められそうです。
