マーケティングで使う「心理学」、元をたどるとちょっと面白い
「限定」と書かれていると、ちょっと気になる。
たくさんの人が選んでいると、なんとなく安心する。
価格をいくつか並べると、同じ商品でも見え方が変わる。
マーケティングを勉強していると、こうした話によく出会います。
「損失回避」「アンカリング」「フレーミング」。
心理学の名前までついていると、「なるほど、じゃあ自社でも使ってみよう」と思いますよね。
自分も、こういう話は好きです。
ただ、元になった研究まで少したどってみると、さらに面白くなります。
心理学が教えてくれているのは、
「こうすれば人は買う」という答えより、「人はこんな条件で、こんな判断をすることがある」という仮説の材料
ということで、答えではなく材料というところが面白いですよね。
マーケティングで見る「心理学」は、かなり狭い範囲のこと
そもそも心理学は、人の心や行動を広く扱う学問です。
記憶や学習、感情、知覚、人間関係など、研究されているテーマはたくさんあります。
そのなかで、マーケティングによく登場する「アンカリング」「損失回避」「フレーミング」といった話は、とくに判断や意思決定の研究と深く関係しています。
心理学者のエイモス・トベルスキー(Amos Tversky)とダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)は1974年、不確実な状況で人が判断するときに使うヒューリスティクスと、そこから生じる偏りについて整理しました。
1979年には、リスクのある選択を扱う「プロスペクト理論」を発表しています。
ここでちょっと面白いのが、この研究は心理学だけに閉じていないことです。
カーネマンは心理学者ですが、2002年にノーベル経済学賞を受賞しました。心理学の知見、とくに不確実な状況で人がどう判断するのかを、経済学へ持ち込んだことが評価されています。
つまり、マーケティングでひとまとめに「心理学」と呼ばれているもののなかには、心理学と経済学の境界で発展してきた行動意思決定研究や行動経済学もかなり含まれています。
「心理学的に、人はこう動く」と大きく捉えるより、
人の判断について、こういう研究がある。
くらいから始めるほうが、実際の研究には近そうです。
「損失回避だから、損を強調すれば売れる」ではない
たとえば、よく知られている「損失回避」。
プロスペクト理論では、人は利益と損失をいつも同じように評価するわけではない、という意思決定の特徴が扱われています。
さらに1981年、トベルスキーとカーネマンは、実質的に同じ結果でも、どう表現されるかによって選択が変わることがあると報告しました。
有名なのが「アジア病問題」です。
同じ結果を「何人助かるか」という形で示すのか、「何人亡くなるか」という形で示すのか。
内容は同じでも、伝え方によって選ばれ方が変わりました。
マーケティングに置き換えるなら、
同じ提案でも、「得られるもの」として伝えるか、「失うもの」として伝えるかで、反応が変わるかもしれない。
そんな仮説を立てるヒントにはなります。
ただし、
「損失回避がある。だから、広告では損を強調すれば売れる」
まで言うと、本来の研究から飛躍しすぎではないでしょうか。
この部分こそ、自分たちの商売で確かめる必要があるところです。
「選択肢が多いと売れない」も、話はそこで終わらない
もう一つ、マーケティングでよく聞く話があります。
「選択肢が多すぎると、人は選べなくなる」
というものです。
シーナ・アイエンガー(Sheena Iyengar)とマーク・レッパー(Mark Lepper)が2000年に発表した研究では、選択肢が多ければ多いほど良いとは限らないことが、複数の実験で示されました。
よく知られている「ジャムの実験」も、この研究に含まれます。
ここだけ読むと、
「商品数は減らしたほうがいいんだな」
と使いたくなります。
ところが、その後も研究は続きました。
2010年、ベンヤミン・シャイベヘンネ(Benjamin Scheibehenne)、ライナー・グライフェネーダー(Rainer Greifeneder)、ピーター・トッド(Peter M. Todd)が50の実験をまとめて分析したところ、選択肢過多の平均的な効果は、ほぼゼロでした。
効果が大きく出た研究もあれば、ほとんど出なかった研究もあったわけです。
さらに2015年、アレクサンダー・チェルネフ(Alexander Chernev)、ウルフ・ベッケンホルト(Ulf Böckenholt)、ジョセフ・グッドマン(Joseph Goodman)が研究をまとめ直すと、もう少し細かいことが見えてきました。
選択肢の数だけではなく、
選ぶこと自体がどれくらい難しいのか。
商品同士を比べるのがどれくらい複雑なのか。
本人の好みがすでに決まっているのか。
そうした条件によって、選択肢過多が起きやすさは変わるらしい。
となると、
「選択肢は少ないほうがいい」
でも、
「選択肢過多なんてない」
でもありません。
どんな条件なら、その現象が起きるのか。
研究が進むほど、むしろ問いのほうが細かくなっています。
ここが、自分は面白いと思います。
心理学の研究も、一度で答えが決まるわけではない
2015年には、オープン・サイエンス・コラボレーション(Open Science Collaboration)が、心理学の主要誌に掲載された100件の研究を追試する大規模なプロジェクトを『Science』で発表しました。
元の研究と同じ程度には結果が再現されなかったものも多く、心理学を含む科学の世界で「再現性をどう高めるか」という議論が広がりました。
これは、
「心理学は信用できない」
という話ではありません。
一つの研究で見つかったことを、別の人、別の場所、別の条件でも確かめてみる。
違う結果が出たら、何が違ったのかを調べる。
最初の答えを守るのではなく、確かめながら理解を更新していく。
そこまで含めて研究です。
マーケティングで心理学を使うときも、この考え方まで借りると、ぐっと実務的になります。
自社で試せば答えが分かるのか
たとえば、自社のサービスメニューが10種類あるとします。
選択肢過多について知って、
もしかすると、うちのお客さんも選択肢が多くて迷っているのではないか。
と考えた。
そこでメニューを整理したところ、翌月の問い合わせが増えた。
「ほら、やっぱり心理学どおりだった」
と言いたくなるところですが、季節の影響かもしれませんし、同じ時期に広告を変えていたかもしれません。たまたま問い合わせが多かった可能性もあります。
自社で一度試しただけでは、原因までは分かりません。
とはいえ、小規模事業者が人類共通の法則を証明する必要もありません。
知りたいのは、
今の自社の顧客に対して、この変更を続ける価値がありそうか。
ということです。
ならば、できる範囲で条件を揃えてみる。
一度にあれこれ変えない。可能ならA/Bで比べる。時期を変えて、同じような結果が出るかも見る。
何度か比べても一貫した改善が見えないなら、
「少なくとも今の条件では、この仮説を採用する理由は弱そうだ」
と置いておけます。
完璧な実験ではなくても、何が起きたらこの仮説をいったん手放すかを決めておくだけで、判断はかなり変わります。
心理学から「答え」ではなく、試す問いをもらう
ここまで考えると、DRMとの接点も見えてきます。
心理学を使って、人を思いどおりに動かす。
というより、
研究から「こんな条件なら、反応が変わるかもしれない」という仮説を借りる。
それを自分たちのオファーや伝え方に反映して、実際の反応を見る。
想定と違えば、また考える。
これなら、心理学の研究結果をそのまま自社の顧客に当てはめる必要はありません。
かといって、「うちのお客さんは特殊だから」と、せっかく積み上がっている研究を無視する必要もない。
心理学は、答えではなく、試す問いの仕入れ先になる。
次に「○○の心理を使えば売れる」と聞いたら、
「本当に効くの?」
だけではなく、
どんな条件なら、自分たちの顧客の反応も変わるのだろう。
と考えてみる。
そうすると、「心理学を使うマーケティング」が、テクニックを覚える話から、顧客をもう少しよく見るための話に変わってきます。
