【映画】『Love Letter』で劇場に行列ができたーーあれは邦画史上最も美しい光景のひとつだったんじゃないかな
ひとつ前の冬。
雪景色のうちに映画『Love Letter』について書こうと思っていた。
映画のイメージに浸りながら空を見る。
なぜ人は大切な人を亡くすと「空にいる」と感じるようになるのだろう。
灰色の冬の空の、あのあたりにいるのだろうか――。
――そんなことを考えているうちに数日が過ぎて、ある時。
中山美穂さんの訃報が届いた。
頬を刺す風が冷たい。
それきり何も考えられなくなり。
書く手は止まった。
あれから1年が過ぎ、やっぱり書きたいという思いが舞い降りた。
この映画が好きでたまらない。
それをやっぱり残しておきたい。
気持ちの整理はまだついてない。
そういうことはほかにもある。それでも。
空にでもいいから声を出してみたい。
お元気ですか?
私は――。

【Love Letter】(1995年/日本映画)
監督・脚本/岩井俊二
出演/中山美穂、豊川悦司、酒井美紀、柏原崇 ほか
※ここから役者名、監督名を敬称略とさせていただきます
※映画の内容に最後まで触れるので、未視聴の方はご注意ください
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1995年の、あの時
「P劇場にオ-プン以来の大行列ができたらしいよ。お客さんが建物からはみ出して道路にとぐろを巻いてたんだって」
雑誌編集部で映画ページの担当をしていた時、先輩から聞いた話だ。
この時の私は20代前半。
『Love Letter』のヒットは3年ほど前の出来事だった。
1995年の公開時。地元のこぢんまりとした名画座「P劇場」は、『Love Letter』の評判を聞きつけた人で溢れた。
全国の映画館でも同様のことが起こっていたらしい。どこも大劇場ではなかったはずで。
日本にまだシネコンのない時代。
大きな映画館ではハリウッド大作や、確実にヒットが見込めるアニメなどが上映されていた。
『Love Letter』に集まった観客は主に女性。
異例のロングランの後半はほぼリピーター。
「お客がとぐろを巻いていた」は先輩の「少々盛った話」としても、『Love Letter』が異例のヒット作だったことは私も知っていた。
「観てないの?」と言われた私はその週末、慌ててレンタルで視聴。終わって呆然とする。
想像と全然ちがった。
こんな映画だったの?

2人の女性の不思議な文通の行く末は
映画『Love Letter』はこんな物語だ。
婚約者の藤井樹(いつき)を山の遭難事故で亡くした女性――神戸に住む渡辺博子。
三回忌の法要を終えた日。博子は樹の実家で卒業アルバムから彼の中学時代の住所を知り、そこに宛てて手紙を出す。
「拝啓 藤井樹様 お元気ですか?
私は元気です。 渡辺博子」
北海道小樽市のその住所は、現在は「国道の下」になっている。
だからそれは天国へ宛てた手紙だった。
ところがある日、返事が届く。
いったいなぜ?
もうひとりの「藤井樹」とは誰なのか。
それ自体は謎というほどではなく。
理由は前半でわかるのだけど。
そこから始まる、神戸の渡辺博子と「生きている小樽の藤井樹」の手紙のやりとり。
小樽の藤井樹は亡くなった博子の恋人ーー樹との思い出をたくさん持っていた。
小樽の樹が手紙に綴る「中学時代」に彼の面影を求め、次第に癒されていく博子。
それとともに掘り起こされるのは、「樹たち」の淡い青春の記憶だった。
「恋」というには余りに幼く不器用なーー。

2回目以降に大抵の人が気づきますが、
博子は勘違いをしたんですよね
「お元気ですか?私は元気です」に重ねる想い
「拝啓 藤井樹 様」
「拝啓 渡辺博子 様」
「お元気ですか? 私は元気です」
劇中、モノローグのように繰り返される「手紙の定型文」。
ある世代にとっては懐かしく、ある世代にとっては新鮮だろう。
メールなんてない時代。私たちはペンを持ち手紙を書いて、お互いの近況を報告しあったり、相手を気遣ったりした。
そんな「文通」のたどる道ーー。
初めて観た時。
私は「神戸の渡辺博子」の視点で話を追っていた。
おそらく大半の人が、初見ではそうだと思う。
博子のそばには彼女を愛し、寄り添う「秋葉さん」という男性もいて。
秋葉は亡くなった藤井樹の親友でもあり、おそらく樹と博子が付き合う前から博子に想いを寄せていた。
そして彼自身も親友の死に傷つき。
複雑な感情を抱きながら博子と「もうひとりの樹」の文通を見守っている。
そんな彼と似た視点で私たちも物語を静かに追いかけていくのだけどーー。
まだ新しい博子の喪失と、心の奥にしまってきた樹の喪失
この映画が好きになり、2回目3回目と観るうちに気づくのは、ああこれは小樽の樹の再生物語でもあるのだ、ということ。
小樽の樹はアクシデント的に博子の癒しの時間につきあうことになった、と思っていた。最初は。
だが小樽の樹も心に傷を負っている。
彼女は自分の中学時代をちゃんと卒業できていないのかもしれない。
そして樹の母と、同居する祖父――この人たちは過去の出来事を精算し切れていないのだ。
博子の喪失は、いままさに苦しい。
樹の喪失は古く、もう癒えているかにも見える。
でも違う。
向き合っていなかったーー淡くて鮮烈で大切だったこと
博子が秋葉と「あの山」へ向かうクライマックス。
それは樹が、冒頭からひいていた風邪をこじらせて倒れる場面と交錯する。
高熱を出したのはおそらく、肉体的に無理を重ねたからだけではないだろう。
心の奥にしまい込んできた中学時代と向き合ったからだ。
淡くて鮮烈で大切で、それでいて中途半端のまま終わった中学時代。
そして「妙にちょっかいをかけてきたアイツ」はもうこの世にいないことも知った。博子は伝えていなかったが、母校への訪問でそれを知る。
博子が樹との文通を通して「向き合うべきもの」に向き合った時。
樹も「向き合っていなかったこと」に向き合う。
拝啓 渡辺博子様
私のパパは風邪をこじらせて死にました。
描かれるそれぞれの卒業
父親が急死した時、中学生の樹は哀しみ切れなかったのだろう。
そして同時期。不本意ながら自分の日常を形づくっていた同姓同名の男子ーー藤井樹はあっさり転校してしまう。
「図書室に帰しておいてよ」と1冊の本を手渡して。
一緒にやっていた図書委員。
中学時代は無意識の宝物だったのだ。その証拠に、大人になった彼女は司書になっているじゃないか。
喪失感。
そしておそらくは樹の母も、義父に対して複雑な感情を抱いている。義父は義父で息子(樹の父)の死に責任を感じている。
過去から卒業できずにいた家族は、博子と樹の不思議な文通をきっかけに、再生への扉を開けるーー。樹の側からするとこれは、そういう物語。
だから樹が回復した後の、藤井家3人のシーンはすごく晴れやかだ。
母は義父を許した。
樹はたぶんこれから次の季節を生きていく。
そしてもう博子は出てこない。
もうどこかにラブレターを出すこともない。

と言った本は何だったでしょう
誰もが既視感を覚えるーー何にも似てない映画なのに
手紙のやりとりを交わす博子と樹の「喪失と再生」は、実は同じ質量で描かれている。
なんていう構造の分析が必要な映画では、本来ない。
ただ感じて、心をいっぱいにすればいい。
美しい映像。抒情的な音楽。
他人の夢に迷い込んだかのような、現実感があるようでない独特の空気感。
ほかのどんな映画にも似てないのに、多くの人が既視感を覚える。そんな、そよ風のような初恋物語でもある。
*************
いまも語り継がれる名作『Love letter』。
岩井俊二監督がこの企画、脚本を提案した時、「内容が地味過ぎる」と言われ製作にこぎつけるのに苦労したーーという話を、以前何かで読んだ(ぼんやりした記憶ですみません)。
平たく言うと「こんなんじゃヒットは見込めない」というやつだろう。
それでも監督は、いかにも万人受けしそうな内容にはしなかった。
自分が美しいと確信できる物語をつくったのだろう。
当時、一般的にはほぼ無名とも言える若手の監督が自分の感覚を信じた結果だと思う。
感謝しかない。『Love letter』のない邦画史なんてあり得ない。
そして中山美穂の起用が大成功だった。
彼女なしにこの映画の魅力は語れない。

作品の「細部に宿る神」を創った中山美穂
愛する人の死を受け止めきれない物静かな渡辺博子。
明朗快活だけどちょっと子どもっぽさの残る藤井樹。
一人二役を丁寧に演じ分けた中山美穂は、1995年のあの時代、ほとんどの日本人にとって「アイドルのみぽりん」だった。
もしくはトレンディドラマを中心に活躍するアイドル出身の女優。
でも、みんなが思ってたのと違う女性がそこにいた。
「お元気ですか? 私は元気です」
と博子が叫ぶクライマックス。
監督は細かい演技指導をせず、「彼女に任せた」と何かで読んだ。だからあのシーンは女優・中山美穂の感性そのものなのだろう。
ここだけでなく全編にわたって彼女の演技は素晴らしかった。雪の結晶みたいに儚げで、でもくっきりと美しかった。
こんなに素晴らしい女優なんだ。
日本映画ってこんなに面白いんだ。
観た人は心を奪われ、戸惑うような感動を覚えたんじゃないだろうか。
映画好きにとって美しい瞬間とは
いかにもな作品じゃない。
でもいいものはいい。
映画界では時折そんな、観客の素直な感動から生まれたムーブメントのようなものが発生する。
それは映画好きにとって美しい瞬間だ。
あの時、私が住む街のP劇場でもそれが起こっていた。
観客を信じてくれてありがとう。そんな作品に行列ができる時、私はいまも心のなかでそれを「『Love Letter』現象」と呼んでいる。

新しい才能が邦画の潮目を変えていった
振り返ると『love letter』あたりから邦画の潮目が変わった感じがする。個人的にはそう思う。
奇しくも同じ1995年の12月、是枝裕和監督の長編映画デビュー作『幻の光』が公開。多くの映画関係者は「なにかすごいものを観た・・・」とゾワゾワした。その予感通りに是枝監督はその後ーーもうこれは言わなくてもいいだろう。
2年後の1997年には三谷幸喜監督による映画デビュー作『ラヂオの時間』が大ヒット。三谷監督はそれまでの日本になかった笑いのセンスと要素を次々と具現化していった。
もっと自分の感性、感覚を信じていい。そんな手応えを才能ある若手作家たちが感じていた。そんな「伸びていく時代」の空気感があったように思う。
どっちだったんだろうね
この間久しぶりに『Love letter』を観返したら。中学時代の(男子の)藤井樹の心情が気になった。
あの本。
すっかり忘れて(女子の)藤井樹に渡したか。
いやまさか。「見つけてほしい」と願ったか。
いったいどうだったんだろうね。
やっぱりーー。

未熟だからこその美しさもあって
喪失の特効薬は時間じゃない
寂しい時は、飽きるほど記憶を掘り起こせばいい。
いつかは「思い出」の引き出しに入れるから。
それまでは何度も読み返して観返して。
いっぱい叫んで泣けばいい。
喪失の特効薬は時間じゃない。
自分のタイミングで、自分のやり方で向き合うことだと思うから。
だから「死んだ人に手紙なんか出してどうする」と博子に言うことは、誰にもできない。
出せばいい。
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この映画が大好き。
いまもずっとこれからも。
そんな気持ちを置いていく。
明日は灰色の空が青く見えますように。
お元気ですか。私は元気です。
お元気ですか。私は元気です。


ちなみに最近観た映画では『侍タイムスリッパー』が心に残りました
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