新しい考えなのか、それとも、出会い直しなのか。
最近、考え方が変わったことがある。
大きく二つ。
一つは、自分自身の生き方。
もう一つは、三男の子育て、そして進路について。
私は長い間、何かに遠慮して生きてきたように思う。
誰に?
何に?
そう聞かれると、よくわからない。
でも、どこかでいつも、
「こうしたらどう思われるかな」
「これは私がやっていいことなのかな」
そんな見えない何かに遠慮していた。
けれど最近、ようやく思えるようになってきた。
私の人生なんだから、やりたいようにやっていい。
行きたいところへ行っていい。
少しずつだけれど、そんなふうに変わってきた。
そして不思議なことに、自分自身を自由にするにつれて、子育てについても「自由でいい」と思うようになっていった。
特に、少し年の離れた三男に対して…
長男、次男を育てていた頃の私は、教員を辞めてまだ間もなく、教師としての教育観を色濃く持っていた。
教員時代、私はクラスの子どもたちに「私が絶対に許さない3つのこと」を伝えていた。
1つ目は、命を粗末にすること。
2つ目は、人の不幸の上に自分の幸せを築くこと。
そして3つ目は、努力を怠ること。
今日の自分より、明日の自分。
今持っている力の、ほんの一歩先へ。
自分を磨こうとすることが、生きることだと私は思っていた。
だから上二人の子育てにも、この3つがしっかりとあった。
ところが三男を育てる頃には、時代も私自身も変わっていた。
多様性。
その子らしさ。
自分で選ぶこと。
「あなたの人生なんだから、あなたのやりたいように」
そんな子育てへと、少しずつ変わっていった。
そして今、中学3年生の三男が、初めて進路選択の岐路に立っている。
彼が最初に口にしたのは、地元の〇〇高校だった。
「楽しそうだから、ここに行きたい」
最初それを聞いた時は「え?」って感じだった。
当然、上二人が通った◇◇高校を目指すものだと思っていたし、その力もあると思っていたから…
それは今まで考えたこともなかったことだった。
でも、私は自分の言葉を飲み込んだ…そして、
「そう。あなたが決めたなら、それでいい」
と思うようにした。
実際、夏休み前の三者面談でもそう言った。
どこの高校へ行こうと、彼が私の息子であることに変わりはない。
彼の人生なのだから、彼が選べばいい、と。
ところが、
夏休みに入って、ふと思い出したのだ、
あの3つのことを。
命を粗末にしないことは伝えてきた。
人を傷つけて自分の幸せを得てはいけないことも伝えてきた。
でも——
「努力を怠らないこと」を、私はこの子にちゃんと伝えてきただろうか。
そう思ったら、黙っていられなくなった。
「あなたは〇〇高校に行きたいと言っているけれど、私は◇◇高校を目指したらいいと思ってるよ」
そう伝えた。
彼は今、三つの高校の間で揺れている。
最初に行きたいと言った地元の高校。
私たち夫婦の母校。
そして、兄二人が通った高校。
どこを選ぶのかは、最後は彼が決める。
親の言葉が、子どもの背中を押すこともあれば、重荷になることもある。それは充分承知している。
だから怖さもある。
私のひと言が、彼を苦しめるかもしれない。
兄たちを追うことが、大きなプレッシャーになることもわかっている。
それでも私は今、
「好きなところへ行けばいい」
ではなく、
「あなたなら、もう一歩先へ行けるんじゃない?」
と言いたい。
そう言うことも、親の役目なのではないかと思っている。
挑戦するのか。
今いる場所にとどまるのか。
決めるのは、彼。
でも、選択肢の向こうにある「まだ知らない自分」を知らせて見せてやることはできる。
手は離す。
でも、目は離さない。
そして時には、離したその手で背中を押す。
私の子育ての考えが、少し変わった。
いや、
変わったというより、
昔、大切にしていたものに、もう一度出会い直したのかもしれない。
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