そのままでいい(怒りは本当は悲しみ)[2026/07/11]
今年も仕事のハイライトを迎えている。
実は、こんなに短期間に連続して担当案件を受け持つことはこれまでになく、私の仕事でも普通はあり得ない。
これは、昨年辞めた後輩が置いていった案件であり、1年経っても、組織として私をその案件からひき離すことが叶わない状況だったということだ。
沢山のサポートは入ったが、途中で離脱する人もいたり、結局つぎはぎで、完全に私が抜けることは、対クライアントを考えても、難しかった。
プライベートに関しては、私は1月に長期休暇を取ったときに、色んな情報に当たった結果、とある婚活塾に入ることにした。
今までもあらゆる書籍を読んだりセミナーを受けてきたが、その中でも、「これは今年の私に必要」と直感で感じたからだ。
教えとしては、「出会いの数を増やすことよりも、うまくいく状態に自分を整えること。その上でいっぱい出会う。」
その選択に至った理由としては、リフレッシュ休暇中に、ここ2年間で出会った人達をデータベース化したとき、出会えている人の質はどんどん上がっているにも関わらず、途中からうまくいかなくなっているという事実に直面したことだ。
婚活パーティーの一見さんは抜いて、ちゃんと出会って話した人、トータルで150名ほど。
いわゆる本来高望みかなと思われる層の男性でも食い気味できてくれた人もいた。
でも、継続させていくことができなかった。
この数は、激務をこなしながら、余暇の全てを充ててやったことなので、我ながらあっぱれだと思うし、すごい頑張り屋さんだと言ってくれる人もいた。
だから、また今から出会う数をこなせと言われればそれはできると感じた。
私は、何でも過激に一生懸命やりすぎてしまう。
それがどうも良くないのだろう。
段々疲弊して自滅する。仕事も同じ。
だから、今年は、自分を大切にして自分軸で生きられるようにした上で出会うことと、同じ志を持つ仲間を得るメリットは大きいと感じて、婚活塾に入った。
外見と内面を整えるということで、ワークの一環として内省を深めている。
1日に0.1%でいいから、うまくいく自分を作るための行動をすることというハードルを下げた教えにより、嫌になることもなく、焦ることもなく、生きることができている。
この内省が本当に効果があって、私はいかに自分の気持ちに気づいていなかったのかということが分かってきている。
私は、追い詰められてくると怒っていることがよくあった。
呼吸ができていなくて、自分の体調の不調にも気づかないぐらいになる。
そして、不調で内心怒りが湧いてくる。
人に対してというよりも、自分に対して怒っていることが多かったし、
何か予期せぬことが起きても、感情的には怒りを感じることが多いと思っていた。
だが、怒りとは二次的感情であり、深く掘っていくと、
大抵それは悲しみだったということが分かる。
自分が大切にされていないように感じる悲しみや、期待に応えられない悲しみ。
疲れすぎていることや、自分だけ取り残されたような悲しみ。大体そんな感情なのだ。
そして、その感情に対して、理想のパートナーからかけてほしい言葉を自分でかけるというワークなのだが、
大体最後は「大丈夫だよ」で帰結する。
びっくりするぐらい、大丈夫だよ。で、文末が終わるのだ。
わたしって、どんだけ大丈夫じゃないんだろう。笑ってしまうぐらいそう思った。
このワークを続けていると、本当に欲しい言葉をかけてくれるパートナーに出会えるらしい。
ほんまかいな?とは思うけど、面白いので思いついたらやってみている。
例えば、先日も感情的に嫌なことがあった。
出会いの方法として、ヒトオシも続けているのだが、冬のリフレッシュ休暇以降、私は紹介を止めてもらっていた。
仕事もどんどん忙しくなるし、自分を整える作業が先なので、今の仕事の山が終わったら再開しようと思っていた矢先に、私のことを本当によく理解してくれていたプランナーさんが、休職することになった。彼女は多分、タイプ的には私と似ている。私が何が嫌で、どんなところに悩むのか、本当に解像度高く理解してくださっていた。
だから、もちろんショックだった。でも、そのこと自体もちゃんと向き合って、なんとか消化して、そのプランナーさんとも話して、きっちりと引き継いでもらい、次の担当さんとも面談をして、まあなんとかうまくいけるかなと思っていた矢先だった。
プランナーさんでない事務局から形式的な形で、私が設定している条件では、紹介数を担保できないから、紹介数を減らして月額費用が低くなるプランか、結婚相談所併用プランに乗り換えるようにという連絡があった。
間の悪いことに、私はその通知を、18時から23時ごろまでしんどい仕事の打合せをしていた金曜日の打合せの終わりかけに見てしまった。
当然、帰り道の私は怒りに満ちた。
歳を重ねれば、女性が置かれる状況が厳しくなることなんで、誰に言われなくても分かっている。
押さえ押さえ言葉は選んだが、伝え方に悲しく感じたことを運営には伝えた。
ここでも、最初は怒りの感情だったが、掘っていくと、これまでプランナーさんと築いてきた信頼を、こんな形で一方的に崩される感じがして悲しかったというところがポイントだと気づいた。
多分、前プランナーさんだったら、プランナーさん本人から連絡が来ていたと思う。
だから、それも要望として伝えた。
担当プランナーさんからは、真摯な返信をいただけたので、伝えてよかったとは思う。
自分の本当の気持ちを伝えるというのが元々あまり得意でないようで、遠慮がちと言われてきたが、自分では何が遠慮しているのかよくわからなかった。
でも、怒り→悲しみに気づいて、悲しかったということで本音が話せているのだと少し自分の変化を感じた。
GW以降、多忙過ぎて、生活や精神状態がまた崩れ始めて、特に今月に入ってからは本当に苦しい。終わりがあるから、完全に出会うことは割り切って諦めている。もう辞めたいと思うのに、ゴールがあるからなんとかそこまでと思って頑張る。
そして、やり遂げるとその達成感に麻薬のように囚われて、結局辞められないのだ。
今回も1つ目の仕事に関しては、やっぱり昨年末のこの記事のときと同じ感情になった。
尤も、今回はクライアントが共感力の高いタイプで、非常に一体感を大切にしているので、メンタル面では救われるところがあったが、拘束時間が長くなることや、かなり忍耐力のいる調整が続いて、心身にはかなり堪えている。
今回そんな中、同じ会社の他拠点の先輩Sさんと約1年ぶりに再会した。
日常的に仕事のことでやり取りはしているが、Sさんと会うのは実はまだ3回目だった。
2年前に視察で初めて話して、去年は辞めた後輩も交えて飲みに行った。
その時にも、ものすごく若手・中堅が抱える仕事のプレッシャーを楽にしてくれるような言葉をいっぱいくださった覚えがある。
そして、冗談で来年(=今年)の仕事ヘルプ、行くから呼んでよって言ってくださっていた。
Sさんは会社内のキャリアはそんなに変わらないが、人生の先輩としては、15歳ほど年上で、半ば管理職的な立ち位置でもあるので、すごく忙しい人なのだ。
でも、どちらかというと、その拠点の中で、いわゆるめんどくさい仕事を全部スイープしている苦労が多いタイプの人だ。だからまさか本当に来てくれるとは思わなかったのだが、将来的な営業の話が発生していて、本当に来てくれたのだ。
仕事終わりもまあまあ遅い時間だったので、そのまま宿に戻っても良かったが、私はどうしてもSさんと積もる話がしたかったので、ご飯に誘った。
こういうところ、前なら我慢していたかもしれないが、今年は自分軸で自分がやりたいことは、極力伝えていくことにしたので、言えるようになった。
そうしたら、ご当地グルメも楽しめるということで是非行こう!となった。
去年からの積もる話をして、私の話も聞いてもらった。
めんどくさい仕事をしている者同士、すごく共感してくれた。私が働きたいから一度休んだということもすごく理解して、先輩として、とてもお守りになる言葉をくれた。
いつものごとく、私が自分の強みが分からないという話になったとき、
「そのままでいいんだよ。大丈夫だよ。強みを活かせてるよ。
でも、つぶれないために、ここはやるから、これは断るというのをできるようになること。
早めに相談すること。」
と言ってくれたのだ。
「大丈夫」という言葉を自分でかけつづけないといけないぐらいには大丈夫でない私に、
大丈夫という言葉をかけてくれる人が現れた。
まあ、もっとも、Sさんは、パートナーでも恋愛対象でもなんでもないけど、内省していたら、かけてほしい言葉をかけてくれる人が現れるというのを初めて体験した。
もうひとつ、「ナナシノゴンベエは、感情移入するのが強みでもあり、引っ張られて大変になるところでもあるんだろうね。」という指摘をしてくれた。
確かに、大体判断の上にあるのは、その人はどんな風に感じるんだろうと考えて悶々とすることが多い。
というか、この人はこういうポイントが快・不快なんだと気づいて、それに合わせた対応をするということは自然にしていると思う。
感情を判断基準にしてしまうと、迷いが増えるのは当然で、でも、私はそこまで割り切った考えだけでは仕事はできない人間だ。
そのときに自分の感情を大切にしているかと言われると、自分の感情を忘れているときは確かにある。
でも、イライラしたり、苦しいなって思うことはある。
今回の仕事は、前出のように、クライアント自体が、ものすごく共感力や気づく力が強い方で、その方からも、私の気持ちを分かってくれると言ってくれたこともある。
だから、平たくいうと共感力みたいなものは強みなのかもしれない。
正直、仕事のクオリティでいえば、2案件併走で、十分な準備ができたとは言い難い。
でも、関わった人やクライアントの心の満足度は高い案件だったのではないかと感じる。
そこに関しては、必ずしも一致するわけではないんだということも今回大きな学びであった。
これでいい、そのままの私でいい。
あとは、自分を削ってまでやるということをしなくてもいいようになること。(このことは、昨年末に見てもらった占い師さんにももうヒーローは辞めたらいいんだよと言われたし、別の婚活塾のトライアル面談でも自分軸で生きられていないのでは?と指摘された。これはまた別の機会に。)
ひとつずつ、解は出ているような気がする。
束の間の息継ぎのようななけなしの休みにどうしても残しておきたい、いまのクリアな気づき。
共感できる私のまま、自分を大切にできるようになればいい。
Sさんからもらった言葉は大きなお守り言葉になりそうだ。
