「昨日」生きたかった人の「今日」を生きる。
時代の流れが変われば、私たちの考え方や価値観も変わっていく。
けれど、どんな時代になっても変わらないものがあります。
それは、命の尊さ
36年前、私は仮死状態で生まれ「急性側弯症」や「抗NMDA受容体脳炎」など三度、生死を彷徨う経験をし医療従事者の皆さん、周りの人達に支えられました。
だからこそ強く思います!
生きているということは、それだけで奇跡。
人はひとりで生きているわけではない。
2026年8月15日終戦から81年を迎え
亡くなった祖母から、私は戦争の話を聞いたことがありました。
空襲警報がなる度「明日は本当に来るのだろうか」と思いながら過ごしていたと祖母は言っていました。祖母の父は兵隊として戦時中に亡くなった。
生きているから話せたり聞くことができる。大切な人に気持ちを伝えることができる。
どれほど尊いことなのかを改めて感じました。
そして今。
戦争が終わり81年経った私たちの時代では、銃や爆弾ではなく、自然災害、別のものが人を傷つけることがあります。
それは「言葉・文字」
誰かを否定する言葉。
顔の見えない場所から投げつけられる文字。
言葉や文字は、人を傷つける凶器にもなる。
だから私は人として講演者として、未来を照らすものとして使っていきたい。
誰かの夢を応援する言葉
誰かが自分自身を好きになるための言葉に。
たった一言でも、人の心を救うことがある。
そして、未来のために私たちができることは、特別なことばかりではないのだと思います。
時間を重ねる中で私たちは、経験し挑戦し失敗して気づき成長していく。
失敗は「終わり」ではない。
失敗したからこそ、人の痛みがわかり寄り添うことができる。
終わりではなく新たな始まりなのだ。
焦って何かを成し遂げなくてもいい。
生きていることそのものが、すでに愛おしい。
行きたい場所へ行く!挑戦をする!
大切な人へ言葉で伝える。
人生を悔いが残らないほど愛で満たしてあげよう。
私は祖母から戦争の記憶を受け取った。
そして今度は次の世代が未来へ何を手渡すのか…
憎しみではなく、愛を。
諦めではなく、希望を。
責める言葉ではなく、誰かの明日を支える言葉を。
人と人が愛を持って手と手を取り合えば、世界は明るく変わっていくと思う。
地球のように丸く、敵や味方ではない温かい世界へ。
「昨日、生きたかった人の今日」を、私たちは生きている。
だからこそ今日という一日を、大切に生きること。

