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noteに残していくもの

いつも読んでいただいてありがとうございます。

今日は、2ヶ月ぶりに娘が家に来ました。楽しかったです。

わたしの娘と息子は仲が良いです。この間は2人で映画を見に行ったそうです。

夫が部屋に行ったあと、娘と息子とわたしの3人で、しばらくいろいろな話をしました。

みんな職種も違いますし、毎日見ている世界も違います。

でも、それぞれが否定されず、好き勝手に話をする。
これが、今のわたしの楽しみでもあります。

前にも書いたのですが、妊娠前まで、わたしはそんなに子どもが好きではなかったのです。

子どもが嫌いだったわけではありません。
でも、「子どもが大好き!」というタイプでもありませんでした。

そんなわたしも子育てを終え、振り返ってみると、子ども時代というのはそんなに長くありませんね。

気がつけば、娘も息子も大人になり、今では同じ仲間のような感覚で話ができています。

しかも、話をしていてストレスが本当に少ないのです。

これは、わたしが過干渉しない人だったことが、よかったのかもしれません。
いつも、子どもの話の聞き役でした。

以前、思春期に買った服のことを何か言われたために怒って家出をし、そのまま行方不明になった人の話を聞いたことがあります。

その時、娘がこんなことを言っていました。
中高生の頃は、着る服や化粧などを家族からとやかく言われるのが、とにかく嫌なんだと。

特に、父親が娘に対して茶化して何か言うのは、最も嫌われる。
これは子どもたちの間でも、よく言われていることなのだそうです。

そう言われて、わたしは、
「あれ? 自分はどうだったかな?」
と思いました。

すると娘が、
「お母さんはやらない。お父さんはいろいろ言ってきて嫌だった」
と言いました。

試験の結果についてだったかなぁ。
夫の茶化した発言のことです。
わたしが聞いても大したことではないように思うのですが、娘はとても嫌だったと言っていました。

そうなんだ。
親にとっては何気ないことでも、子どもの中にはずっと残っていることがあるのかもしれません。

親子は近すぎるからこそ、距離感が難しいですね。

わたしの母は、学校の成績には興味なし。
でも、喘息持ちで学校を休みがちだったわたしの健康状態については過干渉でした。

母の悩み事は、家計のこと、病気がちの父のこと、親戚や近所の問題が大きかったように思います。

おそらく、「子どもにこうなって欲しい」という期待は、それほど強く持っていなかったようです。

そして、自分が大人になって感じるのは、今回の人生の悩み事というのは、本当に人によって違うんだなということです。

わたしの母、父、姉、叔父、叔母、夫。
みんな、それぞれに違う悩みを抱えていました。

パッと見て幸せそうに見える人でも、そうではない部分がある。

みんな、自分だけの人生を生きて、自分だけの悩みを抱えている。

そして多分、今回の人生より前にも、わたしたちは何かを生きてきたのだと思います。

忘れているだけで、魂の癖のようなものがあって、過去世から引きずっているものもあるのかもしれません。

そんなことを考えることがあります。
そんなことをいろいろ考えていて、ふと、

わたしは何のためにnoteを続けているんだろう?
と思いました。

もちろん、仕事につなげるためでもあります。誰かに知ってもらい、自分の活動につながればいいと思っています。

でも、それだけではないのかもしれません。

もし、わたしが死んだあと、子どもたちがこれを読んだら。

「ああ、お母さんはこんなことを考えていたんだな」
と思い出してくれるかも知れないです。

いつか孫ができて、これを読むことがあったら、「こんなことを考えるおばあちゃんだったんだ」と、わたしのことを知ってくれるかもしれない。

そう考えたら、noteを見る目が少し変わりました。

今まで、「誰に届けるために書くのか」と考えていました。
もちろん、それは大事なことです。

でも、今のわたしが書いたものを、ずっと先の家族が読むこともあるかもしれない。

本を出版しなくても、これまで書いてきた記事の山は、それに匹敵するのかもしれません。

そう思ったら、これから書くものについても、「誰のために届けるのか」という意味が、少し変わってきました。

先ほど、娘と息子とわたしは、それぞれ職種が違うと書きました。

だから、わたしが今まで受けてきた講習会で学んだことも、仕事を離れたら、もう誰かに伝えることはないのだと思っていました。

でも、そうでもない。
ここに書けば、誰かのヒントになるものもある。

仕事の中で学んだこと。
人生の中で考えたこと。
家族との思い出。
飼い猫の話。
そして、少しずつ身につけてきた知恵。

そういうものも、残していけるのだと思うのです。

考えてみれば、これは家系に引き継がれる資産なのかもしれません。

お金や家だけではない。
「この人は、こんなふうに生きて、こんなことを考えていた」
そんな記録も、きっと残るものです。

noteは、ただ文章を書く場所だと思っていました。
でも今は、自分のためだけでも、今読んでくれる誰かのためだけでもない。

家族や、これから先につながっていく誰かのために残す、小さな資産のようなもでもあるのかもしれない。と、

娘が久しぶりに帰ってきた、今日。
そんなことに気がつきました。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。
スキやフォローもお願いします。コメントもくださいね。

助産師|産科婦人科歴40年 清水智子

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