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推し活から一歩引く 〜ボーイフレンドS2見ました〜

こんにちは、しみっく(@simik_gay)です。
今日は推し活について記事にしてみました。


ボーイフレンド シーズン2 素晴らしかったですね

皆さん、Netflixのボーイフレンド シーズン2見ましたか?
昨日完結しましたが、本当に素晴らしい恋愛リアリティーショーでした。私は特にエピソード11のカミングアウトの話がとても心に残っています。それ以外でも、久々に人がリアルに恋愛している様を見てキュンキュンしたりもしていました。
覚醒したトモアキが大好きでもっと未公開動画見たい見たいって思っています。

ただ、関連動画を見ていると出演者たちが企業とコラボした動画が出てきたり、X や instagram が盛り上がったりしています。出演者たちの「インフルエンサー化」や、それに対するファンの熱狂ぶりなどを目の当たりにする中で、どこか冷めた目で見てしまう自分もいます。

今回は、昨今の「推し活」という言葉に感じる違和感や、私たちがエンターテインメントとどう向き合うべきかについて、少し踏み込んで考えてみたいと思います。

ファンタジーと現実が混ざり合う怖さ

SNSでは、出演者たちの私生活を過度に詮索したり、「XXくんとYYくんが今も付き合っているのか知りたい!!」とか盛り上がっているファンの姿が結構目につきます。しかし、忘れてはいけないのが、ボーイフレンドは恋愛リアリティーショーであるということです。

出演者の方々の言葉や感情には嘘がないのかもしれませんが、そこには演出もカメラマンも存在しています。ショーが終われば彼らには彼らの現実の人生があります。視聴者側がファンタジーをファンタジーと捉えきれず、過度な妄想を膨らませてしまうことにはある種の「気持ち悪さ」さえ感じてしまいます。

「推し活」への依存と経済的価値観への疑問

ここ5年ほどでしょうか、「推し活」という言葉が市民権を得ています。好きなものにお金を使うことが肯定的に捉えられるようになりました。もちろん、アーティストから勇気や活力をもらうこと自体は素晴らしいことですし、実際に私も彼らのライブなどに行ってパワーをもらっています。

でも、以下のような風潮には疑問を抱かざるを得ません。

  • 「自分のお金が彼らの血肉になる」という過度な思い込み

  • 実用性の低いグッズへの高額な支出

  • 複数バージョンのCD販売や握手券同梱など、人の心につけ込んだビジネスモデル

こうした状況は、ホストに貢ぐ「色営業」にのせられているような、あるいは心をうまく転がされているような不自然な形に思えてなりません。

「自分の人生」を主軸に置くということ

私が最も強く感じるのは、「彼らは彼ら、自分は自分」という境界線の重要性です。

「推し活にお金を使うことは尊いこと」のような雰囲気も感じますが、それは本当に自分の人生にとってプラスの行動でしょうか。本来、推し活とは自分の生活基盤(貯蓄や投資など)をきっきり整えた人が、その「余力」で楽しむものではないかと思うのです。

自分の人生を疎かにしてまで誰かに依存し、パワーを注ぎすぎることは、自分にとっても、アーティストやインフルエンサー側にとっても、決して健全な状態とはいえないと思います。

おわりに:ほどほどの距離感で楽しむ

もちろん、推し活そのものを否定したいわけではありません。私も好きなアーティストのライブに行きますし、関連動画があれば喜んで見ます。ただ、「自分の人生を生きる」という前提を忘れてはいけないと感じているだけなんです。

ネット上の過熱した雰囲気に流されず、ほどほどの距離感を保つこと。それが、自分を守り、結果として長くエンターテインメントを楽しめる秘訣なんじゃないかと思います。

「余計なお世話」な内容だったかと思いますが、今の推し活ブームに漠然とした違和感を抱いている方にとって、自分を見つめ直すきっかけになれば幸いです。

インフォグラフィック

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