山の記録|七宗権現記3・浄蓮寺峠から大槻山へ|信仰と慢心
御朱印帳から百名山からP〇kemonから推しグッズまで、そこに集めるべきものあれば集めずにおられないのが、採集民族の業である。
七宗権現の痕跡を訪ねる山旅も、はや中盤に差し掛かった。今回は、地形と地域を結ぶ古の峠道と七宗権現の一、大槻(大月)山を巡る。
◇自然の境界
岐阜県七宗町と白川町の境あたりの地形図を広げて、七宗町上麻生と白川町坂ノ東を結ぶ浄蓮寺峠の線形を凝視してみよ。
坂ノ東側から小川谷の右谷を峠に向かって詰めると、対向する谷はやがて小川谷の左谷(小松尾洞)になり、右谷と合流するではないか。──おい、峠よ、どこ行った?
一方、上麻生側から葛屋川の左谷(スゲガ谷)を詰めても、峠にはたどり着かない。それは、小川谷の右谷と左谷が作り出す分水界に、スゲガ谷が勝手に突っ込んでいるようにもみえる。
実に落ち着かない。これにむず痒さを覚えないならば、貴殿は地理学を志すことを断念した方がよい。わたしもかつてはその違和に気づけなかった。
スゲガ谷の地質が思いのほか削れやすくて、谷線が尾根の先まで食い込んだのだ。人間の時間では三者鼎立の硬直状態にみえても、いずれ流域が侵食されていくのだろう。谷も人も、道理より長いものには巻かれるのが常だ。
さて、ここまで読めば、貴殿も浄蓮寺峠に立ち寄りたくなったことだろう。
国有林ゲートから荒れたスゲガ谷を遡行すると、谷頭は拍子抜けするほど呆気なく越えられた。ところが、峠に着いたと思った瞬間、さらにもうひとつ、より大きな峠があった。
ありのままに言えば、中ボスを倒したら、間髪入れずにラスボスが出てきた感じだ。
何を言っているのかわからないと思うが。
古びてもなお往来を見守る浄蓮寺峠の地蔵の前で、わたしはひとり呟いた。
──これぞ河川争奪の前夜である。
峻険なチャートが両側に切り立つ垰を越え、峠道は坂ノ東側に降りる。
険しい谷間を遥か上に高巻いて避け、人間の機能限界に寄り添うように、緩やかに穏やかに高度を下げていく。
道中には一体の馬頭観音と「浄蓮寺」と銘の入った献灯の土台がぽつり。わたしの孤独な山行を見守っていた。道がしっかり続いているのは、それだけ往来が多かったからだろう。
◇制度と信仰の境界
小川谷で二度目の国有林ゲートをくぐると、尾根に沿って大槻山への登路が続いていた。境界に沿ってただ忠実に、いっぺんの迷いもない直登である。それは、同じ線でありながら、地形の線にも歩幅にも合っていない。所有界という見えない線に沿った制度的な境である。
その容赦のなさに辟易してきた頃、唐突に終わりが来た。
大槻山(国有林名・大平)の山頂には「七宗大権現」の石柱が立ち、玉垣を追われ打ち捨てられた祠が半ば埋まっている。それらを呑み込みながら覆いつくすのは、一本のコナラ。
それが槻(ケヤキ)だったらなおよし、などという野暮は植生学徒の名に賭けて言うまい。乾いた尾根にはケヤキは立たない。山名は、山域にケヤキがあったことではなく、渓畔に良質のケヤキが採れたことに因るものだろう。そして、優良資源が採れたからこそ囲いたい人がいたのだ。
いまその峰に、何があるわけでもない。眺望があるわけでもない。
わたしはその峰で、しばし思想を飛ばした。ただ、風だけが通り過ぎた。
ああそうか、自然も人も常に領土争いをしているのだ。
それゆえ、七宗権現の本質も土地の境界にある。
境界線を引くとき、目立つ場所に信仰の碑を据えてしまえば、「ここから先は自分の側だ」と誇示できる。ちょうどオセロの石を置いた瞬間、その石の側が自陣になるのと同じだ。
自然の境界は地形に沿うから、曲がりくねり、ねじれ、時に遷移する。
対して人の境界は、ただ線を引けば済む。それは自然地形の主導権争いより、よほど単純で直線的だ。

◇断絶と内なる境界
大槻の尾根を一直線に降る。左右は崖。海底由来の七宗の岩肌は、容易には人を寄せ付けない。左右の断崖によって選択肢を奪われ、道として認識されている場所以外には踏み込めない。その強制力が、谷を避けようとする深層心理を静かに増幅させていた。
その心理の偏りが裏目に出た。崖の存在が判断の幅を狭め、谷を避けようとする思いに従いすぎて、浄蓮寺峠へ登り返す段で道を外してしまったのだ。
迷ったときは「分かるところまで戻れ」と「谷に降りるな」という登山のふたつの鉄則が、頭の中でぶつかった。谷底に戻れば、あの岩肌が立ちはだかることは分かっている。現在位置も目的地も見えるのに、足は前にも後ろにも出ない。
戻るべきか、進むべきか。──その瞬間、断絶は地形にだけでなく自分の内側にも生まれた。
眼下はいっそ気持ちがいいほどの断崖で、降りるに降りられない。大回りを重ねながら安全な地形を慎重に辿り、集中力が尽き、水も尽き、下山時刻も大幅に超過したころ、わたしはようやく起点に戻った。よく生きた、我。
踏み越えられないからこその境界である。
そして、その境界を指し示すのが道であり、碑である。
境界とは、自然の論理と人の慢心がかろうじて折り合った残滓にすぎない。
七宗の山は、その折り合いの浅はかさと、自分の未熟さを容赦なく露わにした。
(山行記録:2026年7月18日)
山名:浄蓮寺峠~大槻山(岐阜県七宗町/白川町)
形態:スゲガ谷の国有林ゲートを起点に周回、ソロ登山、約4時間20分(休憩15分)
天候:曇り
水分:0.6L携行→0.6L消費
行動食:生なごやん
植生:ヒノキ、スギ人工林
(初出2026年7月29日)
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