自分を失う瞬間は、いつも静かに訪れる|「私は私でいる」という生き方
人生は、誰かに壊されるんじゃない。
自分を、少しずつ手放した日に、
静かに崩れていく。
だから、今日も、「私は私でいる。」
Grace is remaining yourself.
私たちは、大きな失敗や、劇的な出来事によって、人生が変わると思っている。
けれど、本当に大切なものを失う瞬間は、もっと静かに訪れる。
誰かの期待を優先したとき。
嫌われないことを選び続けたとき。
自分の違和感を、「気のせい」と片づけたとき。
少しずつ、自分の声が聞こえなくなっていく。
哲学者のモンテーニュは、人間にとって最も重要なのは、自分自身と親しくなることだと考えた。
外の世界を理解する前に、まず自分の内側を知る。それは、自分勝手になることではない。
自分の感覚を、丁寧に扱うということだ。
私たちは、周囲に合わせることを学ぶ。それは、社会で生きるために必要な力でもある。
ただ、その力が強くなりすぎると、いつの間にか、「自分は何を望んでいるのか」という問いを忘れてしまう。
ストア哲学者マルクス・アウレリウスは、自分の内側にあるものこそ、自分が守るべき場所だと考えた。
外側の出来事は、完全には選べない。誰かの評価も、環境の変化も、思い通りにはならない。それでも、自分がどう受け取り、どう生きるかは、自分の手の中にある。
自分らしく生きるとは、特別な自分になることではない。誰かになるために、削ってしまったものを、少しずつ取り戻すことだ。
本当は好きだったもの。心地よいと感じたもの。
小さな違和感。そうした声に、もう一度耳を澄ませること。
品格とは、完璧に振る舞うことではない。自分自身との約束を、裏切らないことだ。
誰も見ていない時間に、自分をどう扱うか。そこに、その人の美しさは現れる。
人生は、誰かに壊されるのではない。自分の声を聞かなくなった瞬間から、少しずつ遠ざかっていく。
だから、今日も思い出したい。
「私は私でいる。」
それは、わがままではない。
自分の人生を、自分の手に戻すための、静かな選択である。
Grace is remaining yourself.
この文章は、私が書いている思想の一節です。
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『人生を読み直す』という一冊のnoteを書いています。
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