鳥が鳥に飛び込みますわよ
「鳥が鳥に飛び込みますわよ。」
帽子に薄い網を付けた婦人が言った。
私は空を見上げた。
鳥は飛んでいた。
普通に飛んでいた。
「まだです。」
婦人は言う。
「あれではただの鳥ですもの。」
やがて一羽が向きを変えた。
もう一羽も向きを変えた。
どちらも速度を落とさない。
私は思わず目を閉じる。
羽が散る音を待った。
何も聞こえない。
目を開ける。
鳥は一羽になって飛んでいた。
「ほら。」
婦人は満足そうに頷いた。
「飛び込みましたでしょう。」
「一羽になりました。」
「いいえ。」
婦人は首を振る。
「見えなくなっただけです。」
私は双眼鏡を借りた。
鳥は一羽だった。
よく見ると、
飛んだまま、
胸の中にもう一羽を抱えている。
苦しそうではない。
重そうでもない。
抱えていることを、
抱えている鳥だけが知らないようだった。
「よくあることですか。」
「毎日。」
婦人は手袋を外した。
「春は混みますから。」
その言葉の意味は分からなかった。
分からないまま、
私は頷いた。
遠くで、
もう二羽が重なった。
空は少しも狭くならない。
鳥だけが、
鳥の中へ住み替えてゆく。
帰り道、
電車は満員だった。
向かいの男が新聞を畳み、
窓の外を見て言った。
「今日はよく飛び込みますね。」
誰も顔を上げない。
車掌だけが静かに車内放送を入れる。
「本日も通常運転です。
鳥が鳥に飛び込みますので、
窓から手をお出しになりませんようお願いいたします。」
私は反射的に手を引いた。
何から守ったのかは分からない。
窓の外では、
一羽の鳥が、
もう一羽の鳥へ、
何のためらいもなく飛び込んだ。
空は、
それを風と区別しなかった。
