見出し画像

働き方について考えるためのおすすめ本16選

「このまま働き続けていいのだろうか」——そんな問いが、以前よりずっと口にしやすくなりました。在宅勤務が当たり前の選択肢になり、副業や転職への心理的な壁が下がり、そして人生が百年続くかもしれないという前提が共有されるようになったからです。かつては入社した会社が用意してくれた線路の上を走っていればよかったものが、いまは自分で線路を敷くところから考えなければならなくなりました。自由になったぶん、迷いも増えたというのが正直なところではないでしょうか。

この記事は、そんなふうに立ち止まっている方に向けて書きました。転職を考えはじめた方、管理職になって部下の働き方に責任を持つようになった方、育児や介護と仕事のあいだで身動きが取れなくなっている方、あるいは特に不満はないけれど何かが引っかかっている方——どなたにも、どこかで刺さる一冊があるはずです。

読み終えたとき、あなたの手元には「働くこと」を考えるための道具がいくつか残っているはずです。自分のキャリアを設計するための地図、いまの職場の違和感を言語化するための言葉、そして目の前の仕事を少しだけ楽にするための技術。答えを差し出す記事ではありませんが、問いを深めるための入り口はたくさん用意しました。書店の棚を一緒に眺めるような気持ちで、のぞいていってください。


「働くとは何か」を問い直す

まずは足元から掘っていきましょう。ここに集めたのは、労働そのものの意味を根本から問い直す本です。働くことを肯定する側と、痛烈に批判する側——あえて対極の視点を並べましたので、両方を行き来しながら自分の立ち位置を探ってみてください。

『働き方の哲学 360度の視点で仕事を考える』村山昇

キャリア開発の研修講師として長く現場に立ってきた著者が、「働く」という営みをめぐる基礎概念を七十以上の項目に分けて解説した一冊です。哲学者、経済学者、心理学者、経営者——さまざまな立場の人が仕事について語ってきた言葉を横断的に集め、それぞれに図解を添えています。読み物というより、辞典に近い性格の本といっていいかもしれません。

この本の何よりの美点は、「答え」を押しつけてこないところです。たとえば「働く動機」という項目では、報酬のために働くことも、意義のために働くことも、どちらも人間の自然な姿として並列に置かれます。仕事、キャリア、能力、報酬、成長、幸福——普段なんとなく使っている言葉が、一つひとつ丁寧に輪郭を与えられていく感覚は爽快です。イラストレーターの若田紗希さんによる柔らかな図版も、抽象的な概念を掴む助けになってくれます。

まとまった時間が取れないときにこそ役立つ本です。通勤の合間に気になる項目を一つだけ開く、モヤモヤしたときに関連しそうな見出しを引く——そんな辞書的な使い方が向いています。これから働き方について考えていきたいけれど、どこから手をつければいいかわからない。そういう方の最初の一歩として、迷わずおすすめできます。

『働き方——「なぜ働くのか」「いかに働くのか」』稲盛和夫

京セラを創業し、日本航空の再建を託された経営者が、自身の労働観を率直に語った書き下ろしです。技術者として出発し、経営者として頂点まで登りつめた人物が、その道中で何を考えていたのか。抽象的な経営理論ではなく、自分の体験に根ざした具体的な言葉で綴られているところが、この本の手触りを決めています。

中心にあるのは、働くことは人格を磨く修行だという考え方です。目の前の仕事に打ち込むことで人は変わっていく——現代の感覚からするとやや厳しく響く主張かもしれません。ただ、著者が語る「誰にも負けない努力」や「地味な仕事を積み重ねることの意味」には、成果や効率という物差しだけでは掬いきれないものへの信頼があります。かつて研究に行き詰まった夜、鍋に材料を入れて眠らずに実験を続けた話などは、理屈を超えて心に残ります。

働くことに前向きな意味を見出したい方、あるいは逆に、こうした労働観に違和感を覚える方にこそ手に取ってほしい一冊です。共感するにせよ反発するにせよ、日本の職場に長く流れてきた価値観の源流に触れられます。次に紹介する本と並べて読むと、その落差が思考を刺激してくれるはずです。

『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』デヴィッド・グレーバー

文化人類学者である著者が、「本人でさえ無意味だと思っている仕事」がなぜこれほど増えたのかを論じた大著です。発端は著者が発表した短い論考でした。それが世界中で膨大な反響を呼び、寄せられた当事者たちの証言をもとに書き上げられたのが本書です。学術的な骨格を持ちながら、そこに生々しい実例が積み重ねられていく構成になっています。

著者はこうした仕事を、取り巻き、脅し屋、尻ぬぐい、書類穴埋め人、タスクマスターという類型に整理します。誰も読まない報告書を作り続ける人、上司の体面のためだけに存在する部下、ミスの原因ではなく事後処理だけを担わされる担当者——読みながら「これは自分のことでは」と背筋が冷える方も少なくないでしょう。同時に著者は、社会に不可欠なケア労働ほど報酬が低いという逆説を突きつけます。役に立つ仕事ほど報われないのはなぜか。この問いが本書の芯にあります。

分厚い本ですが、通読しなくても構いません。目次を眺め、気になった章から読みはじめてください。いまの仕事に虚しさを感じている方にとっては、その虚しさが自分の怠慢ではなく社会構造の問題だと知るだけでも救いになります。憤りと笑いが同時にこみ上げてくる、稀有な読書体験が待っています。

『暇と退屈の倫理学』國分功一郎

哲学者が「暇」と「退屈」という切り口から人間のあり方を考察した一冊です。労働論の棚に置かれる本ではありませんが、働くことを考えるうえでこれほど示唆に富む本もありません。なぜなら私たちは、働いていない時間をどう過ごすかを知らないまま、働くことばかりを考えてしまうからです。単行本刊行後に増補され、文庫として広く読まれるようになりました。

著者はまず、暇と退屈は別物だと切り分けます。時間的な余裕があること(暇)と、心が満たされないこと(退屈)は違う。そのうえでパスカル、ラッセル、ハイデッガー、そしてスピノザといった先人たちの議論を辿りながら、人間が退屈から逃れるために何をしてきたのかを解きほぐしていきます。「気晴らしのために苦しみを求める」というパスカルの洞察や、退屈と向き合う人間の姿を三つの形式で捉えたハイデッガーの分析は、休日にスマートフォンを眺めて一日を終えてしまう私たちの姿と、そのまま重なります。

働きすぎている自覚のある方、逆に休みが取れても何をしていいかわからない方に読んでほしい本です。哲学書でありながら語り口は驚くほど平易で、著者が読者に向かって丁寧に説明してくれる感触があります。労働から離れた場所に立ってみることで、かえって働くことの輪郭がはっきり見えてくる——そんな不思議な効き方をする一冊です。

これからのキャリアを描く

ここからは視線を未来に向けます。長くなった職業人生をどう設計するか、限られた時間をどこに配分するか——実践的な見取り図を与えてくれる本を集めました。転職や独立が頭をよぎっている方に特に有効です。

『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)——100年時代の人生戦略』リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット

組織論の研究者と経済学者が共同で書いた、人生設計の見取り図です。長寿化によって、教育を受け、働き、引退するという三段階の人生モデルが機能しなくなる——この一点を軸に、これからの生き方がどう変わるのかを丹念に描き出しています。刊行から時間が経ちましたが、いまも人生設計を語る際の共通言語であり続けています。

本書が面白いのは、生まれ年の異なる三人の架空の人物を立てて話を進めるところです。それぞれの人生をシミュレーションしながら、貯蓄はいくら必要か、いつ学び直すべきか、どんな働き方が可能かを具体的に検証していきます。そして著者たちは、お金や不動産といった有形資産だけでなく、スキルや人間関係、健康、変化に対応する力といった無形資産こそが長い人生を支えると説きます。「エクスプローラー」「独立生産者」「ポートフォリオワーカー」といった新しい生き方の類型も、自分の将来を想像する足がかりになるでしょう。

三十代、四十代で「あと何十年これを続けるのか」と考えはじめた方に特に響く本です。将来が不安だから読む、というより、選択肢が思ったより多いことを確かめるために読む本だと思っています。読後、漠然としていた不安が具体的な計画に変わる感覚があるはずです。

『ワーク・シフト——孤独と貧困から自由になる働き方の未来図』リンダ・グラットン

先の一冊と同じ著者による、働き方そのものに焦点を当てた予見の書です。技術の進歩、グローバル化、人口構成の変化、エネルギー問題、社会の変容——五つの要因が組み合わさることで、働き方はどう変わるのか。世界各国の研究者や実務家との共同プロジェクトをもとに書かれており、想像ではなく分析に裏打ちされた未来像が示されます。

著者が提案するのは、三つの転換です。広く浅い知識から、価値ある専門技能への転換。孤独な競争から、協力して成果を生む関係への転換。そして、大量消費を目指す生き方から、質の高い経験を求める生き方への転換。とりわけ印象的なのは、未来の働き手が置かれる二つの姿を対比させた章です。細切れの時間に追われて孤独に画面と向き合う姿と、信頼できる仲間と共に創造的に働く姿——どちらも同じ技術環境から生まれうると著者は言います。分かれ道は、意識的な選択の有無にあるのです。

いま自分が身につけている技能に不安のある方、この先どんな力を磨けばいいのか迷っている方に手渡したい一冊です。「これからは何が必要か」を漠然と考えるのではなく、構造から逆算して考える癖がつきます。前掲書と合わせて読むと、人生設計と職能設計の両輪が揃います。

『自分の時間を取り戻そう——ゆとりも成功も手に入れられるたった1つの考え方』ちきりん

社会派ブロガーとして知られる著者が、生産性という概念を軸に時間の使い方を組み立て直す実用書です。残業続きの管理職、仕事と家庭の両立に悩む母親、働きづめのフリーランス——具体的な人物の事例から始まり、彼らの何が問題だったのかを解きほぐしていく構成になっています。理屈から入らず、状況から入るので読みやすさは抜群です。

著者の主張は明快です。生産性とは、少ない時間で多くを生み出すこと。そして生産性を上げるには、努力の総量を増やすのではなく、やることを減らすしかない。この当たり前に見える結論を、著者は容赦なく徹底させます。「まず時間を制限してしまう」「価値を生まない仕事を意識的に捨てる」といった提案は、頭では理解できても実行が難しいものですが、本書はその難しさを踏まえたうえで具体的な手順を示してくれます。忙しさを勤勉さと取り違えていた自分に気づかされる方も多いはずです。

いまの働き方に物理的な限界を感じている方に、真っ先に読んでほしい本です。理論的な深さを求める本ではありませんが、明日から動かせる部分が確実にあります。思想的な本を読むエネルギーが残っていないときの、最初の一冊としてもおすすめします。

日本の働き方を歴史と制度から見る

「なぜ日本の職場はこうなのか」——この問いに答えるには、制度と歴史を知る必要があります。ここでは雇用制度、労働観の変遷、そして無償労働という三つの角度から、私たちを取り巻く見えない枠組みを照らし出す本を集めました。

『ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機』濱口桂一郎

労働政策の研究者である著者が、日本の雇用制度の輪郭を制度の側から解説した新書です。著者は「ジョブ型」「メンバーシップ型」という対概念の提唱者であり、本書はその言葉が世間に広まる過程で誤解されていった経緯を正すところから始まります。専門家が、自分の作った言葉が独り歩きする様子に苦言を呈する——その姿勢自体が読みどころのひとつです。

著者によれば、ジョブ型とは職務を限定して人を採用する仕組みであって、成果主義や解雇の自由とは本来別の話です。日本の正社員制度は職務も勤務地も労働時間も限定せず、その代わりに雇用を守るという交換で成り立ってきた。だからこそ長時間労働も転勤も断りにくく、女性の活躍も阻まれ、非正規雇用との格差も生まれる——賃金、労働時間、女性の就労、外国人労働まで、一見バラバラな問題が一つの構造から説明されていく展開は圧巻です。

職場の理不尽さを個人の性格や運の問題として片づけたくない方に読んでほしい一冊です。制度を知ることは、諦めるためではなく、どこを変えれば何が動くかを見極めるためにあります。労使交渉や人事制度の設計に関わる方はもちろん、いち働き手としても読んでおいて損はありません。

『仕事と日本人 新版』武田晴人

日本経済史を専門とする研究者が、「日本人は本当に勤勉なのか」という問いから出発して、労働観の変遷を辿った一冊です。近世から近代、そして現代へ——時代ごとに「はたらく」という言葉が指し示すものがどう変わってきたのかを、史料に基づいて丁寧に検証していきます。新書として長く読まれてきたものが、新版として文庫に収められました。

意外な事実がいくつも出てきます。開国期に日本を訪れた外国人の多くは、日本の職人や農民を勤勉というより「のんびりしている」と評していました。時計に区切られた労働時間という感覚も、工場制度とともに輸入されたものです。仕事と暮らしが渾然一体だった時代から、労働時間が生活から切り離されて計測される時代へ——その転換が何をもたらしたのかを著者は執拗に追います。労働が「我慢して耐える時間」になったのは決して自然なことではない、という指摘が本書の核心です。

いまの働き方を当たり前のものとして受け入れている方に、その当たり前がいかに新しいものかを教えてくれる本です。歴史書ではありますが、読み進めるうちに「では自分はどう働きたいのか」という現在形の問いに引き戻されます。腰を据えて考えたい方向けの、骨太な一冊です。

『家事労働ハラスメント——生きづらさの根にあるもの』竹信三恵子

新聞記者として長く労働問題を取材してきたジャーナリストが、家事という無償労働の視点から社会の歪みを告発した一冊です。食事の支度、掃除、洗濯、育児、介護——誰にとっても必要な営みが、なぜ正当に評価されず、特定の人に押しつけられ続けるのか。豊富な取材事例を積み重ねながら、その構造を明らかにしていきます。

著者が指摘するのは、この問題が家庭内の役割分担にとどまらないという点です。家事を無償で担う人がいることを前提に、長時間働ける労働者像が作られ、その労働者像に合わせて雇用制度が設計される。だから家事を担う人は非正規雇用に押しやられ、低賃金に甘んじることになる。介護や保育といったケアの仕事の待遇が上がらないのも、それが「本来は家庭でタダでやるもの」と見なされているからだ——家庭と職場が一本の線で繋がっていく論の運びには、思わず唸らされます。

働く女性はもちろん、男性の管理職の方にこそ読んでいただきたい本です。誰かの無償労働の上に成り立っている働き方は、いずれ自分自身にも介護離職というかたちで返ってきます。刊行から時間が経った今なお、状況がさほど変わっていないことに愕然とするかもしれません。その苛立ちこそが、この本の価値です。

組織のなかで働く

多くの人にとって、働くことは組織のなかで働くことを意味します。ここでは組織という単位に焦点を当てた本を選びました。管理する側にも、される側にも、それぞれ違った角度から効いてくるはずです。

『マネジメント[エッセンシャル版]——基本と原則』P.F.ドラッカー

経営学の父と呼ばれる著者の主著を、訳者が要点だけに絞って再編集した一冊です。原著は大部の書物ですが、こちらは核心となる原則が凝縮されており、経営に携わらない人でも通読できます。刊行から半世紀近くを経ていながら、いまも組織を語るときの出発点であり続けている理由が、読めばわかります。

本書の底に流れているのは、組織は人が成果を上げるための道具であり、その中心には常に人間がいるという確信です。企業の目的は利益ではなく顧客の創造にあるという有名な定義も、事業を定義するには「われわれの事業は何か」と問い続けるしかないという指摘も、突き詰めれば人と社会をどう見るかという話に帰着します。とりわけ「働く人に成果を上げさせる」という章は、部下を持つ立場になった人が読むと、マネジメントとは管理することではなく条件を整えることなのだと腑に落ちるはずです。

新しくチームを任された方、組織に対する漠然とした不満を言語化したい方に向いています。古典であることを構えずに、実務の参考書として読んでみてください。書かれていることの多くは驚くほど地味で、そして驚くほど実行されていません。その落差に気づけるだけでも、読む価値があります。

『ティール組織——マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』フレデリック・ラルー

経営コンサルタントだった著者が、上下関係や指示命令に頼らずに運営されている組織を世界中から探し出し、その実態を報告した研究書です。人類の意識の発達段階に応じて組織形態も進化してきたという枠組みを立て、その最新形を「ティール(進化型)」と名づけました。分厚い本ですが、抽象論ではなく実在する組織の記録が中心なので、意外なほど具体的に読めます。

登場するのは、看護師が自律的なチームを組んで運営される在宅ケア組織、上司も部署も存在しない製造業、予算も業績目標も置かない企業など。そこでは「自主経営」「全体性」「存在目的」という三つの要素が共通して見られると著者は分析します。役職も給与も自分たちで決める、対立が起きたら当事者間の調停で解決する——読みながら「うちでは無理だ」と何度も思うでしょう。それでも、なぜこれらの組織が実際に機能しているのかという問いは、頭にこびりついて離れません。

自社の組織運営に限界を感じている経営者や人事担当の方はもちろん、指示待ちを強いられることに疲れた働き手にもおすすめです。そのまま真似できる本ではありませんが、組織のあり方に選択肢があると知ることには、それだけで力があります。

明日の仕事に効く実践の技術

考え方の話が続きましたので、ここで具体的な行動の話をしましょう。集中力と人間関係——どんな職種であっても成果を左右する二つの土台について、実証的な裏づけを持つ本を選びました。

『大事なことに集中する——気が散るものだらけの世界で生産性を最大化する科学的方法』カル・ニューポート

計算機科学を専門とする大学教授が、深い集中を要する仕事の価値と、それを実現する方法を論じた一冊です。著者は集中を要する仕事を「ディープ・ワーク」、メールの処理や打ち合わせのような浅い仕事を「シャロー・ワーク」と呼び分けます。前者は希少になる一方で価値が高まり、後者は誰にでもできて価値が低い——この単純な対比が、本書の議論を貫いています。

前半は、なぜ深い集中が経済的な価値を持つのかという理論編、後半は具体的な実践編です。実践編で提示される規律は思いのほか厳しいものです。集中する時間帯をあらかじめ確保して習慣化する、退社時刻を決めて仕事を完全に切り上げる、注意を分散させる仕組みから距離を置く——なかでも印象的なのは、退屈に耐える力を鍛えるという発想でしょう。空き時間があるたびに画面を見る癖がついていると、そもそも深く集中する能力そのものが萎えていく、と著者は警告します。

会議と通知に一日を細切れにされている方、集中しようとしても続かないと感じている方に効きます。すべてを実行する必要はありません。一つでも取り入れれば、仕事の質感が変わるのを実感できるはずです。前掲の『暇と退屈の倫理学』と並べると、集中と退屈という主題が意外な角度で響き合います。

『GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』アダム・グラント

組織心理学者である著者が、人が他者に対して取る態度を「ギバー(与える人)」「テイカー(受け取る人)」「マッチャー(バランスを取る人)」の三類型に分け、どの類型が最も成功するのかを実証データから検証した一冊です。自己啓発書のような表題ですが、中身は研究の裏づけを持つ議論であり、それが本書の説得力を支えています。

結論が鮮やかです。最も成功していないのはギバーであり、そして最も成功しているのもギバーだった——つまり与える人は両極に分かれるのです。両者を分けるのは何か。著者は「自己犠牲的なギバー」と「他者志向的なギバー」の違いにあると言います。後者は他人の利益を考えると同時に自分の利益も勘定に入れ、必要なときは助けを求め、与える相手と量を意識的に選ぶ。搾取してくる相手に対しては、たまに応戦する構えも持っている。ギバーが燃え尽きるのは与えすぎたからではなく、与えた効果を実感できないからだという指摘も、支援職に就く方には刺さるはずです。

損得勘定が苦手で人に頼まれると断れない方、逆に職場の人間関係を戦略的に組み立て直したい方の双方に有効です。人に与えることを、美徳の話ではなく技術の話として扱ってくれる稀有な本といえます。

物語から働くことを覗く

最後は小説です。議論や分析に疲れたときこそ、物語のほうが遠くまで連れて行ってくれることがあります。ここに選んだのは、労働をめぐる社会の空気を、理屈ではなく体感として届けてくれる二作です。

『コンビニ人間』村田沙耶香

芥川賞を受賞し、世界各国で翻訳された小説です。主人公の古倉恵子は三十六歳、独身、コンビニエンスストアでのアルバイト歴は十八年。マニュアルに従って店員として振る舞っているときだけ、自分が世界の正常な部品になれると感じています。淡々とした一人称の語りが、読み進めるほどに得体の知れない迫力を帯びていきます。

この小説が突きつけるのは、「まともに働く」とは何かという問いです。恵子は仕事に不満がなく、生活も成り立っている。それでも周囲は「なぜ就職しないのか」「なぜ結婚しないのか」と問い続けます。その問いが悪意からではなく、善意と心配から発せられているところが本当に恐ろしい。就職も結婚も、していないこと自体が説明を要する欠落として扱われる——その圧力の質感が、これほど正確に描かれた小説はそう多くありません。作中に登場するもう一人の人物が、社会への呪詛を吐きながら同じ規範に取り込まれている姿も秀逸です。

働き方の議論に息苦しさを覚えている方に、ぜひ手に取ってほしい一冊です。短く、読みやすく、そして読み終えたあとに簡単には消えない後味が残ります。制度や理論の本を読んだあとに読むと、あの議論の先に生身の人間がいるのだということを、あらためて思い出させてくれます。

『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ

隣国の作家が書き、社会現象と呼ばれるほどの反響を巻き起こした小説です。一九八二年生まれのごく平凡な女性の人生を、幼少期から出産後まで、統計データを織り交ぜながら記録するように綴っていきます。文体は驚くほど抑制的で、ほとんど報告書のような手触りです。その乾いた文体が、かえって内容の重さを際立たせています。

描かれるのは、劇的な事件ではありません。弟が優先される家庭、就職活動での扱いの差、職場での評価の壁、出産を機に退職せざるを得なかった経緯、そして育児中に浴びせられる無理解な言葉。一つひとつは小さな出来事で、当事者ですら「気のせいかもしれない」と流してきたものばかりです。それが積み重なった先に何が起きるのかを、この小説は最後まで見届けます。主人公の身に起きる変調が冒頭で提示され、その理由が生涯を辿ることで明らかになっていく構成も見事です。

働くことをジェンダーの視点から考えたい方に、入り口としておすすめします。前に挙げた『家事労働ハラスメント』が制度と統計から語ったことを、この小説は一人の人生として立ち上げてみせます。他国の話として読みはじめ、途中から他人事でなくなる——多くの日本の読者が、そんな読み方をしてきた作品です。

おわりに

こうして並べてみると、働くことについて考えるとは、結局のところ自分がどう生きたいのかを考えることなのだと気づかされます。制度を知ることも、技術を身につけることも、キャリアを設計することも、すべてはその手前にある「自分はどう在りたいのか」という問いに繋がっていました。そして、その問いに正解を出してくれる本は一冊もありません。あるのは、問いを鋭くしてくれる本と、問いを支えてくれる言葉だけです。

だからこそ、対立する主張を並べて置いてみました。働くことを修行と捉える経営者の言葉と、無意味な仕事の蔓延を告発する人類学者の言葉。どちらが正しいかを決める必要はないと思っています。両方を自分のなかに置いたまま、日々の仕事に戻っていく——その揺れ動きこそが、働き方を考えるということなのかもしれません。

あなたはいま、どの棚の前で足を止めているでしょうか。すぐに読みはじめる一冊が見つかったなら、こんなに嬉しいことはありません。この記事が少しでも役に立ちましたら、ぜひ「スキ」を押していただけると励みになります。最後までお付き合いくださって、本当にありがとうございました。またどこかの棚の前で、お会いしましょう。

いいなと思ったら応援しよう!