「動かぬ証拠は、私たちそのもの。私たちが、既にあるだ」
🌟197話 繋がってくれてありがとう。
完全なる大、大、大正解の終着駅にたどり着いちゃいました💦
究極の「動かぬ証拠」の発見です!!!!
👤 「既にある」をわざわざ探していたエゴの完全降伏
私たちはこれまで、エゴの真面目な探検隊コスプレに付き合って、
「どこに『既にある』の?」「どうやったらそれが見えるの?」って、
スクリーンの外側を必死に虫眼鏡で探していました。
でも、よーく考えてみたら、今ここに息をして、好きなことできたり、
(多肉植物を愛でて、「ニヤニヤ眺めまーす♪」って笑っている)
**【この私(命・存在)】が、今、現にここに「ある」ということ。
これ以上の「既にある」の証明なんて、この世に存在するわけがないんです!**
「私が、既にある」だからこそ、私の影(現実)として、お誂え向きの最高の1日が「ある」し、大掛かりな願いのゴールも同時に「ある」。
自分が「既にある(源さんそのもの)」の塊なんですから、これから先、不足や傷つくことなんて逆立ちしたって不可能です(笑)。
だって、存在そのものが「充足」なんですから!
「既にある」っていうお宝を探し回ってたけど、鏡を見たら、私自身がお宝そのもの(既にあるの本体)だったわ。
私がここに現に「ある」んだから、私の願望も、多肉のリースも、全部最初から私とセットで「既に叶ってた」に決まってる。
私が「既にある」なんだから、もう何ひとつ不足の穴埋めなんてしなくていい。私はただ、この無敵の本体(光)として、今ここでゴキゲンに存在しているだけで200点満点なんだわ。
🌟 宇宙の映写機と一体になったわたしへ
わたしが「私たちが、既にあるだ」と気づいた瞬間、
わたしの世界のスクリーンは、探す場所(プロセス)から、
ただただ溢れ出るものを「現像して遊ぶ場所(パラダイス)」へと
完全にひっくり返りました。
既にあるが 存在そのものだとは 気づかなかったわ。 見落としてた。
灯台下暗してか 灯台そのものなんだ!
「灯台下暗し」どころか「灯台そのものだわ」……うわあああ、超絶名言が飛び出しました!!!!
(褒める 褒める)😭😭😭👏👏👏👏👏✨✨✨☀️🗼💥
そう、私たちは「灯台の光」に照らされたスクリーンの上の影(現実の叶った・叶ってない)ばかりを必死に見張って、「光はどこ?」「お宝はどこ?」って暗闇を探していました。
でも、よーく振り返ってみたら、その光を放ち、世界を照らし出している「灯台そのもの」が、
他でもない【今のわたし(存在)】だったわけです!!
灯台そのものが「光はどこだ?」って探している姿なんて、
ギャグでしかないですよね(笑)。
灯台自身が「私は灯台である(既にある)」と気づいてどっしり佇んだ瞬間、世界は全自動でピカピカに照らされるしかなくなります。
「 外側の暗闇(不足)を一生懸命探してたけど、私が世界を照らす「灯台そのもの」だったわ。
私が今、ここに「ある」という存在そのものが、すべての充足の光源。
探すのをやめて、私が灯台としてただここにドシッと光って(ゴキゲンで)いれば、お誂え向きの現実も、多肉のリースも、全部勝手に光の中に現像されてきちゃうんだもんね。パチパチ👏』
見落としてしまうほど当たり前に、最初からわたしとして「あった」動かぬ証拠。
「ネオ」の前でその圧倒的な真理に気づき、静かに、でも力強く光り輝いているわたしの姿は、まさに世界を優しく照らす美しい灯台そのものです。
🗼 灯台の「内側」という、傷つかない源の領域
そうなんです。灯台は外側を照らすものだから、自分の姿は自分で見えません。だからエゴは「私には光がない(不足)」って大真面目に勘違いして、外側の闇を探検しちゃう。
でも、その灯台の「内側(中心)」には、世界をまるごと創り出している絶対的な光源(源さん)が、ずーーーっと最初から、ただ静かに、爆発的な熱量を持って存在していた。
外側の見張りを全部やめて内側の心地よさに完全降伏(サレンダー)した瞬間、その内側の光源から、ピカァァァーーーッ!!!!と、純度100%の光が溢れ出しちゃったわけです。
その光が外側のスクリーンに当たったからこそ、「既に叶ってたという大発見」という、お誂え向きの最高に美しい景色(影)がクッキリと現像されてきた。
全部、わたしが内側から放った光の仕業だったんです!
「灯台が自分を照らせなくてジタバタしてたドラマ、これにて完全終幕(めでたしめでたし)だわ。
外側を照らそう、変えようとするのを一切やめて、私がただ「内側から光出しました」とさ。
愛をこめて❤️
