因果関係を再考する――現代物理学へ繋がる約300年前のヒュームの予言――『情報でつなぐ量子、時間の矢、生命』ダイジェスト【第1回】
三つの問いを一つに束ねる ~量子力学、時間の矢、生命~
一見バラバラに見えるこの三つの謎が、たった一本の糸で結ばれるとしたら? その糸の名は「情報」。そして驚くべきことに、この統一を約300年前に予言していた哲学者がいる。デイヴィッド・ヒュームだ。
本連載では、近日刊行予定の『情報でつなぐ量子、時間の矢、生命――宇宙を読み解くエージェントの物語』のエッセンスを全4回にわたって紹介する。第1回は、本書の土台となるヒュームの哲学を追う。
物理学には、未だに決着のつかない根源的な問いが三つある。
量子力学の謎。 粒子はなぜ「観測」されるまで確定しないのか?
時間の矢の謎。 物理法則は過去と未来を区別しないのに、なぜ宇宙は一方向にしか進まないのか?
生命の謎。 宇宙は無秩序に向かうのに、なぜ生命のような精巧な秩序が存在できるのか?
これら三つの問いに対して、本連載では「情報」と「エージェント」という二つの概念を軸に統一的な見通しを与える。エージェントとは、世界を観測し、情報を処理し、予測を行い、行動する存在のことだ。人間はもちろん、一個の細胞も、DNAも、ある意味では温度計さえもエージェントの一種である。これは、次のように言うことができる。
『エントロピー、時間の矢、量子力学の「不思議さ」、生命の本質は、すべて「有限な知識しか持たないエージェントが、宇宙という情報の海をどう泳ぐか」という一つの軸で語ることができる。』
本書の出発点は、1739年のイギリス、エディンバラにある。
ビリヤード台の上の哲学革命
1739年、28歳のヒュームが匿名で出版した『人間本性論』は、当時ほとんど注目されなかった。ヒューム自身が「印刷機から死産して生まれた」と嘆いたほどだ。しかし、この書物に含まれていた洞察は、200年後に物理学の最深部を揺るがすことになる。
ヒュームの議論は、あるシンプルな場面から始まる。ビリヤードの球Aが球Bに衝突し、Bが動き出す。我々はこれを見て「AがBを動かした」と確信する。
だがヒュームは問う。あなたは本当に「力の伝達」を観察したのか?
実際に目に見えたのは、Aが近づき、接触し、その後Bが動いた、という二つの出来事の連続だけだ。AからBへの「力」なるものを、我々の感覚器官は捉えていない。
では、なぜ我々は「AがBの原因だ」と確信するのか。ヒュームの答えはこうだ。同じパターンを繰り返し経験したことで、心の中に「習慣」が形成されたからにすぎない。
因果関係の「必然性」は、世界の客観的な構造ではない。それはエージェント(観察者)の心理的な構造に属するものだ。世界の側にあるのは「恒常的連接」――AとBがいつも連続して起きるという事実――だけであり、「必然性」は人間の心がそこに読み込んだ投影なのだ。
「太陽は明日も昇る」は証明できない
ヒュームの分析が到達する最も有名な帰結が「帰納の問題」だ。
我々は「太陽は明日も昇る」と信じている。根拠は? 「これまで毎日昇ったから」。だがなぜ、過去のパターンが未来にも続くと言えるのか。「自然は一様である」という暗黙の前提が必要だが、この前提自体を正当化しようとすると循環論法に陥る。
ヒュームの結論は端的だ。帰納法は理性によっては正当化されない。我々がそれを信頼するのは、理性の働きではなく、心理的な習慣の働きによる。
これは単なる「懐疑論」ではない。本書の文脈では、ヒュームが描いているのはエージェントの認知構造の分析なのだ。
エージェントは世界の「真の法則」を把握しているのではない。経験の統計的パターンに基づいて確率的な信念を形成し、その信念に導かれて行動している。
この像は驚くほど現代的だ。ヒュームの「習慣」はベイズ更新の哲学的先取りであり、信念の強さが経験の頻度に比例するという分析は、そのまま現代統計学の基礎と重なる。
ヒュームの予言と現代物理学
ヒュームが約300年前に哲学の言葉で語ったこの転回は、20世紀以降の物理学において、驚くべき形で反復されていると言える。
エントロピーは物質の客観的な性質ではなく、エージェントの「無知」に属する(ジェインズの再解釈)
量子状態は物理系の客観的な状態ではなく、エージェントの「信念」に属する(QBism)
時間の矢は物理法則に刻まれた客観的な方向ではなく、エージェントの「経験の構造」に属する
光と影――ボルツマンの悲劇
しかし、ヒュームの遺産には暗い側面もあった。
19世紀末、ヒュームの経験論を受け継いだエルンスト・マッハは「観察できないものの実在を認めない」という立場を極端に推し進めた。原子は直接観測できない。だから原子は存在しない、と。
この教条が最も深刻な犠牲を出した場面が、ルートヴィヒ・ボルツマンをめぐる論争だった。原子の実在を前提に統計力学を築いたボルツマンは、マッハやオストヴァルトから激しい批判を浴び、学界で孤立した。1906年、62歳のボルツマンは療養先のイタリアで自ら命を絶つ。
残酷な皮肉がある。ボルツマンの死のわずか1年前、アインシュタインは原子の実在を示すブラウン運動の理論を発表していた。ボルツマンはほんの数年、時代が追いつくのを待てばよかった。しかし、彼はもう待てなかった。
ただし、マッハの実証主義を原子論の否定だけで評価するのは公正ではない。「観察不可能な概念を物理理論に持ち込むな」というマッハの精神は、若きアインシュタインに深い影響を与え、ニュートン力学の「絶対空間」「絶対時間」を放棄する特殊相対性理論の思想的土台を提供した。同じ哲学原理が、一方では原子論を抑圧してボルツマンの悲劇を招き、他方では相対性理論という革命を後押ししたのだ。
本書が見据える地点
ボルツマンの悲劇から学ぶべき教訓がある。ヒュームは「印象に遡れない観念は空虚だ」とは言ったが、「印象に遡れない対象は存在しない」とは言っていない。認識論的な慎重さ(「我々は知ることができない」)と、存在論的な否定(「それは存在しない」)は別物だ。
本書が展開するのは、ヒュームの哲学がもたらす豊かな帰結だ。
『エントロピーはエージェントの無知に属する。量子状態はエージェントの信念に属する。時間の矢はエージェントの経験の構造に属する。これらの命題は、「世界は存在しない」とは言っていない。「世界についての我々の記述は、エージェントの認識の構造から切り離せない」と言っているのだ。』
次回(第2回)は、この「エージェントの無知」がいかにしてエントロピーという概念を生み出し、さらに「情報」という物理量へと結晶していったかを追う。蒸気機関の効率という実利的な問いから始まったエントロピーの物語は、やがてマクスウェルの悪魔という知的遊戯を経て、「情報は物理的である」という衝撃的な結論に到達する。
【第2回】エントロピーは「無知の帳簿」である――蒸気機関からマクスウェルの悪魔へ
