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「家族が発熱するとしたら、今日中です」 | 莉琴

12月29日は2024年のクライマックスとなる日だった。
滅多に会えない遠方の友人とお気に入りの日本料理店で食事、最終日を迎える絵の展示会で姫仲間と再会というスペシャルな予定を入れていた。

そのため、12月に入ってからは食べものにも一層気をつけ、自分や家族にまるでバリアを張るように気を張り巡らせていた。
「どうか29日までは無事に過ごさせてほしい」
祈るような気持ちで当日を迎え、食事の席に着いたときには心底ほっとした。

食事・展示・再会、どれも当てはまる言葉が見つからないほど素晴らしく、何十年後に振り返っても特別な意味をもつ日となった。
そして、昨年と今年をよろこびと祝福の輪で繋げられたように感じた。


翌朝、子どもが高熱を出した。
インフルエンザであろう症状で、初冬にインフルエンザ罹患済みの夫が休日診療所へ連れて行き、
「家族の中でほかにも発熱する人がいるとしたら今日中です、だって」と帰宅後に言われた。
「なにその予言みたいなの。こわいんだけど…」
眉をひそめたわたしが38.6度となったのは、その3時間後だ。

ベッドで横になり、最初に思い浮かんだ言葉は「ああ、やっと休める」だった。
昨年は産後の満身創痍の体で毎日寝不足の中、一度も体調を崩さなかった。
よく元気でいられるなと不思議だったが、整体の先生に「自律神経が常にオンの興奮状態」と言われたことを思い出した。
気を張っていたのは12月だけではなかったのだ。
体調を崩したら、家族や仕事に甚大な影響を及ぼしてしまう…と気力で繋ぎ止めていただけだった。
影響範囲が少ない年末を選び、ようやく緩めた身体の声が「やっと休める」だったのも頷ける。


高熱が3日間続き、買っておいた年越し生蕎麦を食べたのは食欲が少し戻った1月2日の夜だった。
行きつけの店の年越し蕎麦は年を越えてから食べても変わらずおいしかった。

1月3日にようやくお雑煮を作り、お餅を焼き、お節を並べ、祝箸に名前を書き…いつもの元旦のようになり、改めて新年の挨拶を交わした。

夫だけが初冬に罹患した伏線も回収された。
今回夫以外の全員が発熱したが、家族というチームに無事な大人が一人いたことで、書き切れないほど諸々発生した、全員が完治するまでの1週間をなんとか乗り切ることができた。

また、今回”例年通り”が何ひとつない年越しを経験し、年末年始とはなんて”例年通り”にがんじがらめな期間なんだろうと感じた。
大掃除・お節やお雑煮作り・親戚訪問など関係者の多さや伝統、それが持つ意味によって「今年はこうしてみる」といった軽い気持ちでの変更がしづらく、”例年通り”を貫こうとしてしまう。
病気や天災が訪れなくとも、気軽に変化させていけたらいいのになと思う。


さておき、今年一年の厄災を年始にドカンと大放出した我が家はきっともう安泰だ。
3日間の高熱で体の中が一掃されたせいか、家の中も掃除したくてたまらない。
立春に向けて意欲満々の大掃除を進めている。



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