
漢字における字形の「糅合」現象
「糅合」現象とは何か
以前、筆者はXで李守奎、侯瑞華両氏の研究における、「鬼」字の字形に関する学説を紹介した。
李守奎、侯瑞華(2025)〈漢字發展過程中的分化、合併與糅合——以古文字中的“鬼”與“畏”爲核心〉は現在の「鬼」について、古文字では立つ形(儿)の「鬼」と跪く形(卩)の「鬼」それぞれの用法が明確に区別されており、説文小篆の「鬼」はそれらが戦国時代に“糅合”した形に由来するとする。 pic.twitter.com/vvQTlJ1E42
— 白玉庵 (@Hakugyokuan) May 16, 2025
この中で「糅合」という言葉を用いた。面白い概念であるのだが、本邦ではあまり浸透していないように感じる。
古文字の領域において、古文字学者らが「糅合」(あるいは雑糅などとも)と称する現象がある。その意味するところについては、于淼「汉隶“糅合”现象补说」の冒頭の説明が簡明であるため引用する。
“糅合”现象或称“捏合、杂糅、揉合”,是文字构形演变中的一种特殊现象,是将两个字的构件糅合在一个字形中。
(糅合(あるいは捏合、雑糅、揉合とも称する)は、文字の字形変化における特殊現象であり、二つの字それぞれのパーツが、一つの字の中に混ざることである。)
つまり糅合現象には少なくとも「素材」となる二つの字が存在し、糅合された漢字一字は、その由来となる両字の字形特徴を併せ持つということになる。
この概念は裘錫圭が早くに指摘しており(裘錫圭1983)、氏は以下の戦国文字Cは、AとBの書き方が合わさったものだと捉え、「是揉合這兩種寫法而成的(二つの書き方が混ざって成り立ったものだ)」と述べた。

以下では他にもう二つの例を取り上げ、糅合への解像度を高めてみることとしよう。
金文における糅合:「疾」字の例
現在「疾」は、「やまい」の意味と「(速度的に)はやい」の意味を表し、それぞれ「疾病」「疾風」などの熟語がある。甲骨文ではこれらの単語、疾病の{疾}と疾速の{疾}はそれぞれ以下の字で表されていたと考えられている(鄔可晶2019)。

左側は病床に人が伏している様子の{疾}の表語字である。右は「矢」と「大」とから構成される{疾}の表語字であり、矢は羅振玉が「疾古訓急、訓速,最速者莫如矢,故从人旁矢」と指摘するように、速い物の代表物として図形に組み込まれた。
西周金文以降には、前掲の{疾}の表語字に「矢」が追加されたような字が見え始める。

これらの字種は出土文献において、「疾病」という意味で使われることも「速い」という意味で使われることもある。
【「やまい」の文例】
『叔尸鐘』:母疾母已。
『清壹・程寤 五』:如天降疾、旨味既用、不可薬、時不遠。
【「はやい」の文例】
『毛公鼎』:敃天疾畏。
『郭店・性自 四二』:用智之疾者,患為甚。
この字は甲骨文から存在した「疒」と「⿰矢大」が合体したと解釈でき、このように互いの字形の要素を残しつつ、一つの字として合わさる現象が字形の「糅合」であり、すなわち以下に図示されるような様相を言う。

{疾}と{疾}はともに中古秦悉切で同音、上古においても同じか近かったと考えられる。以上は、その表すところの語音の共通性に起因する糅合例である。
糅合による伝抄古文:「巷」字の例
宋代の『古文四聲韻』では、「巷」の古文を「䣏」という形に作るものがある。

古文は主に戦国文字に由来するものであるが、中には後世の隷定により原型を失ったものも多い。「䣏」もまた「巷」の戦国時代の書き方に由来するが、近年この字は戦国文字の隷定字が糅合したことによるものだという説が提唱された(王鵬遠2025)。ひとまず「巷」の戦国文字を以下に示そう。

「⿱廿巾」及び「共」に従う書き方があったことが分かり、その構形からいずれも声符であると考えられる。王氏は「行」に従う類型を「衖」と、「邑」に従う類型を「䢼」とそれぞれ隷定できるとし、古文「䣏」はそれらの糅合に由来するとした(更に彳→亻の変化を被る)。字形の近似性による異体字同士の糅合例である。
糅合の発生条件と類化との違い
糅合現象の条件として主に言われるのが、通仮すなわち語音の共通性による「通仮糅合」と、異体字同士のパーツの混在すなわち字形の共通性による「異体糅合」の二つである。「疾」の例は前者にあたり、裘錫圭が言及した戦国文字や「巷」の例は後者にあたる。
似た現象として「類化(同化)」がある。主に直前あるいは直後の字に釣られて、字形が変化してしまう現象である。類化という現象の痕跡が甲骨文に既に見られることは、例えば近年だと王子楊による「南庚」に関する指摘がある(王子楊2019)。以前にポストしたのはその要約である。
ある漢字が別の字の影響を受けて変形することを「類化」と言ったりするが、実は甲骨文の頃から見られる。
— 白玉庵 (@Hakugyokuan) March 15, 2025
画像は2例の「南庚」だが、両字の形は一時期似通っており、「南」が「庚」の影響を受けて「庚」に似た形に変形している(辛うじて両縦画の上が突き抜けるという特徴は保っている)。 pic.twitter.com/YS22GPp8oS
本邦ではこちらの方が馴染みがあるように思う。例えば近世の文献などで、多く偏が釣られた形で現れたりするのもこれである。

対して今回取り上げた糅合は、対象となる字形同士が物理的に近くにあるかどうかは関係なく、表記する語音あるいは字形の近似性により発生し得るという点で、類化とは性格を異にする。
おまけ:日本での糅合?
『続々膝栗毛』(1831-1836)の中に以下の字がある。

「すりこぎ」という言葉であるが、その「すり」に「摺」に似て非なる字形が用いられている。下が「田」になっており、これは恐らく「摺」と「擂」の糅合字形ではないかと筆者は考えている。当時、「する」という語には「摺」「擂」両字ともが用いられており、これは和訓の共通性による糅合と言える。
おわりに
今回は「糅合」というややマニアックな現象を、せっかくなので最新の説も取り入れながら簡単に紹介してみた。私の知る限り、この概念について日本語で取り扱った書籍やサイトを今まで見かけなかったので、今回執筆に至った次第である。古文字学では他にも様々な糅合とされる例が挙げられることがあるので、興味がある人はぜひ自身で調べてみて欲しい。本記事を通して、漢字の字形について少しでも興味を持っていただけたなら幸甚である。
【参考文献】
裘錫圭「釋“〓”」『古文字學論集』香港中文大學、1986年,『裘錫圭學術文集:甲骨文巻』復旦大学、2015年、pp.206-211再録
※〓:⿱[韋の上側]虫
于淼「汉隶“糅合”现象补说——兼谈糅合现象发生的条件」『古文字研究(32輯)』中華書局、2018年、pp.579-583
鄔可晶 「試釋殷墟甲骨文的“達”字」 『出土文献与古文字研究』第八輯、上海古籍出版社、2019年、pp.64-83,『甲骨金文語文論稿』上海古籍出版社、2024年、pp.165-190再録
王子楊「甲骨訛字研究」『訛字研究論集』中華書局、2019年、pp.9-72
劉伝賓「古文字“糅合”现象补论」『古文字研究(35輯)』中華書局、2024年、pp.621-626
王鵬遠「讀傳抄古文札記」『光華向日新:復旦大学出土文献与古文字研究中心畢業生論文選』復旦大学出版社、2025年、pp.494-508
李守奎、侯瑞華「漢字發展過程中的分化、合併與糅合——以古文字中的“鬼”與“畏”爲核心」『念茲在茲:復旦大学出土文献与古文字研究中心成立廿載紀念論文集』復旦大学出土文献与古文字研究中心 、2025年、pp.596-621