私が憧れる生き方
私は随分昔、YouTubeで、内田裕也さんが樹木希林さんに無断で離婚届を提出した「離婚騒動」の映像を見た。
そのときの、記者に対する樹木希林さんの受け答えに、私は目が釘付けになった。
「私は離婚する理由がありません。」
そんな趣旨の言葉を残している。
当時、まだ30代後半だった樹木希林さんは、エネルギーに満ちあふれ、「愛しているから、絶対に別れない」という思いを持っているように、私には見えた。
この関係についても、
「お互いに中毒なんです。主人は私に、私は主人に。だから別れられないんです。」
と言い切っていた。
もし私が主人から「別れたい」と言われたら、きっとうろたえてしまうだろう。
それなのに、樹木希林さんの言葉には驚くほど切れ味があり、頭の回転の速さを感じる。
相手を真正面から否定することなく、それでいて自分の立場は崩さない。
そんな話し方が、私にはとても格好よく見えた。
そして、歳月が流れ、お互いが年齢を重ねるにつれて、樹木さんの言葉はさらに変化していった。
記者から「なぜ離婚しないのですか」と問われると、
「あの人は私の所有物ではありませんから」
また、
「結婚という制度を実験しているようなものです」
というように、一歩引いたところから夫婦という関係を客観的に眺め、達観した言葉に変わっていったように、私には感じられた。
私が惹かれたのは、離婚しなかったという事実以上に、樹木希林さんが「自分軸で生きる人」の象徴のように見えたからだ。
実際、私は職場で相手から無視されたことを、今もずっと引きずっている。
私は、無視されることや拒絶されることに極端に弱い。
だから、いつも相手の感情や態度に振り回されてしまう。
それに対して樹木希林さんは、
「自分にコントロールできないものに思い悩まない」
という考え方を持っていた。
対人関係のすれ違いがあっても、相手を少し離れたところから俯瞰して見ているような印象がある。
相手には誠意を持って接する。
それでも解決しなければ、
「それはもう、自分の問題ではない」
と割り切る。
そんな強さを持っているように、私には見えた。
晩年、がんを患ってからも、樹木さんは病気さえも、あるがままに受け入れていた。
「がんはありがたい病気。周囲の相手が自分と真剣に向き合ってくれますから。」
「ひょっとしたら、この人は来年はいないかもしれないと思ったら、その人との時間は大事でしょう?」
そんなふうに、がんになったことさえも人生の一部として捉えていた。
そして、がんになってよかったこととして、「死ぬ準備ができるから」と語っていた。
死ぬ覚悟は、よりよく生きる覚悟につながる。
そんなことも語っていた。
病や死を必要以上に恐れず、あるがままを受け入れ、飄々と最期まで生きた樹木希林さん。
私が憧れたのは、きっと、自分とは真逆の人物だったからなのだと思う。
それ以来、私は樹木希林さんを、
「なりたいけれど、なれない人物像」
として意識するようになった。
相談機関のA相談員からも、「自分軸で生きて」と何度か言われたことがある。
だからこそ、自分軸を貫いているように見える樹木希林さんの生き方が、気になって仕方がなかった。
もっと知りたくなり、『自分らしい生き方を貫く 樹木希林の言葉』という本を読んだ。
ー樹木希林さんの「自分軸」と、私の「他人軸」ー
樹木希林さんの言葉に触れるたび、私は「自分軸で生きる」ということの強さを感じる。
希林さんは、人と比べて優越感に浸ったり、羨んだりするのではなく、
「自分はどう思うか」
「自分はどう生きたいか」
を大切にしていた。
誰かの評価や世間の価値観ではなく、自分の頭で考え、自分の責任で選択する。
そんな希林さんの姿勢がよく表れている、印象に残ったエピソードがある。
晩年、老いや死についての取材が相次いだときのことだ。
ある取材で、希林さんは、
「私がこういう取材を受けるメリットはどこにあるの?」
と問いかけたという。
記者が「あなたの話で救われる人がいる」と答えると、
「私の話で救われる人がいるって? それは依存症というものよ、あなた。自分で考えてよ。」
と返したという。
この言葉には、誰かの名言やアドバイスに寄りかかるのではなく、
「自分はどうしたいのか。自分の頭で考えて、自分の足で立ちなさい」
という、希林さんなりの自立への考え方が込められているように、私には感じられた。
その姿勢こそが、希林さんらしい生き方だったのだと思う。
それに比べると、私は昔から人と比べてばかりだった。
自分にできないことを見つけては落ち込み、人を羨ましく思い、ときには嫉妬することもある。
そして、自分がどう思うかよりも、「相手がどう思うか」が気になってしまう。
だから、嫌われることが怖い。
支援者との関わりを振り返っても、私は相手に安心を求め、依存しやすい傾向があることに気づいた。
心理士さんからも、「評価や見捨てられ不安に敏感になっている」と言われた。
普段の対人関係の癖が、そのまま不安として表れているのだという。
評価されると、「受け入れられた」と安心する。
反応が薄くなると、「離れていくのではないか」「嫌われたのではないか」と不安になる。
そんなふうに、私は長い間、自分の価値を他人の反応で測ってきた。
だからこそ、樹木希林さんの言葉に惹かれるのかもしれない。
樹木希林さんの葬儀で、娘の也哉子さんが答辞で紹介した言葉がある。
「おごらず、人と比べず、面白がって、平気に生きればいい。」
他人軸で生きてきた私にとって、この言葉は深く胸に刻まれた。
私には、樹木希林さんのような生き方はできないかもしれない。
それでも私は、自分の人生を振り返りながら、これからどう生き、どう最期を迎えたいのかを考え続けてきた。
そしてブログを書くことで、初めて「自分の軸」で安楽死について語ろうと思った。
誰かの評価のためではなく、
自分の人生に後悔を残さないために。
