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ノシランの心|自分に向ける厳しい視線を静かに緩めていい

太陽の強い光が差し込む場所で咲くことだけが、正しいのだとどこかで信じ込んでいた。

もっと上を向き、もっと周囲の期待に応え、誰かの役に立つ成果を出すこと。社会のスピードに合わせて軽やかに立ち回り、分かりやすい色を咲かせること。

それが正しく生きるということであり、そうできない自分はどこか不器用で、欠けているのではないかと焦りを抱えていたのだった。

けれど、周囲の期待や理想に自分を合わせ、自分のペースを置き去りにして走るたび、胸の奥に小さな重たさと乾きが蓄積していった。

もっと頑張らなければ。こんなところで立ち止まってはいけない。

日常のふとした瞬間に、自分で自分にプレッシャーをかけてしまう。周りの期待を自分の義務のように引き受け、周囲と同じペースで生きられない自分に対して、知らず知らずのうちに厳しい視線を向けていたのだと思う。

 
ほんの少しだけ自分の歩幅を取り戻したくて、私は賑やかな通りから静かな木立ちの陰へと、ゆっくり足を向けていた。

立ち止まった場所には、強い直射日光を柔らかく遮る葉の影と、湿り気を含んだ土の穏やかな匂いがあった。その静けさの中で、ノシランが静かに葉を広げていた。

ノシランは、強い光を奪い合う場所へは出ていかない。つややかな平らな葉をしなやかに広げ、まるでここからは自分の大切な領域だと、静かに自分を守っているかのように佇んでいる。

すっと伸びた茎につく白い小さな花びらは、空に向かって自分を主張するのではなく、そっと足元の土に向かって開いている。

かつての私なら、なぜもっと上を向かないのだろうと不思議に思ったかもしれない。

けれど、立ち止まって眺めていると、ノシランの生き方がまったく違うものに見えてくる。

ノシランがそっと足元を向いて咲いているのは、弱さからではない。誰かに見せるための自分を一度休め、静かに自分の足元を見つめるための姿勢なのだと感じられた。

常に上を向いて誰かの期待に応え続けることだけが、生き方ではない。人の期待通りに振る舞えないからといって、自分を責める必要も最初からなかったのだ。

自分の本当の声を無視してまで周囲に合わせようとするのをやめ、今まで無理をして踏ん張ってきた自分をそのまま受け止めること。

ノシランのそっと足元を見つめる姿は、私に「自分に向ける厳しい視線」を静かに緩めていいのだと教えてくれていた。

 
季節が巡り、ノシランの白い花は静かにその役割を終えて地に還っていく。

花が去ったあとの静かな木陰で、ノシランの茎には吸い込まれるような美しいコバルトブルーの実が結ばれていた。

 
白い花を咲かせる時期が過ぎたあと、静かな場所でじっくりと時間を重ねたからこそ生まれる深み。それは、周りの目を離れて自分の内側と向き合う時間が、決して無駄ではないのだと教えてくれているようだった。

周囲の求める役割を果たし続けることだけが、自分の価値ではない。

立ち止まり、自分の考え方の癖に気づき、静かに自分自身と向き合う時間。その静寂があるからこそ、自分の内側には誰にも奪うことのできない、誰にも脅かされない静かな安心感が育っていくのだ。

ノシランという名は、祝い事に添える熨斗にその立ち姿が似ていることからついたという。

けれど、この植物が祝っているのは、世間の華やかな評価というよりも、自分の境界線を守り、自分のペースで生きようとしている私という存在そのものなのかもしれない。

もう、無理に周囲に合わせて自分を追い詰める必要はない。自分のペースで歩めない自分を、責める必要もない。

強い光を避け、自分を守る葉を広げ、静かに自分の足元を見つめて生きる。それもまた、しなやかで、心安らかな生き方なのだから。

 
息を深く吐き出すと、胸を締め付けていた肩の力が、ゆっくりと抜けていくのを感じる。

私は私のままで、自分の内側にある静かな感覚を大切にしながら、自分の歩幅で生きていけばいい。

 
 
 
 
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