デュランタの心|心の中で愚痴を言っている自分が、何よりも嫌だった
いつからだろう。首のあたりが、いつも少しだけ重かった。
頼まれたとき、断る言葉が瞬時に出てこない。一瞬迷っても、結局「いいですよ」と笑顔で引き受けてしまう。相手の喜ぶ顔を見るとその場は丸く収まるけれど、自分の席に戻ってパソコンに向かったとき、ずしりと重い後悔が押し寄せてくる。
またやってしまった。自分でいいと言ったのだから、誰も悪くない。自分が決めたことなのに、心の中で「なんで私ばかり」「本当は嫌だったのに」と愚痴を言っている自分が、何よりも嫌だった。引き受けた以上はちゃんとやりたい。でも胸の奥には、引き受けたことへの不満と、そんな不満を抱く自分への強い罪悪感が渦巻いていた。
たくさんの小さな紫の花をひとつの茎にぎっしりと咲かせ、その重みで深く垂れ下がるデュランタの花のように。頭の中は引き受けてしまったことと自分への責めで埋め尽くされ、視線はいつも足元ばかりに向いていた。
ある日の帰り道、伏せていた目をふと上げると、近所の庭先にデュランタの花が咲いていた。
薄紫色の繊細な花房。ぶどうのように垂れ下がったその花の茎をたどっていくと、葉の陰に隠れるように、硬く小さなトゲがついていることに気づいた。こんなにも柔らかくて可憐な花のすぐそばに、トゲがあるなんて知らなかった。
後で調べてみると、デュランタには身を守るためのトゲがあるだけでなく、花が咲いた後につける黄色い実にも、小さな毒が含まれているのだという。鳥や害虫にむやみに食べ尽くされないように、自分を守るための毒。
それを知ったとき、胸の奥の重みがほんの少しだけ形を変えた。
「もう嫌だ」「あんな風に言わなければよかった」というドロドロとした感情。自分で引き受けておいて勝手に嫌がるなんて身勝手だと自分を責めていたけれど、あの不快感は「これ以上は自分が抱えられる分を超えていますよ」と知らせる、自分を守るための毒だったのだ。
そして、あのトゲ。
誰かが近づいてきたとき、自分の境界線を無くして何でも受け入れてしまい、他人の事情や期待で頭の中が混雑して、息苦しくなっていた。トゲは相手を傷つけるためのものではなく、ここから先は踏み込ませないという、自分と相手を分ける静かな目印のようなもの。
嫌だと思う自分を、もう悪者にしなくてもいい。
次からは、心の中にそっとその目印を置いてみようと思った。
翌日、デスクで仕事をしていると、声をかけられた。
いつものように「いいですよ」と喉まで出かかったけれど、一度ぐっと呑み込んだ。心の中に、あの葉の陰のトゲを思い浮かべる。
「今日は自分の抱えている分があるので、明日以降でもいいですか」
少し声が震えたかもしれない。けれど、言葉にして伝えてみた。相手は「あ、本当?じゃあ明日にするね」と、すんなり自分の席に戻っていった。
拍子抜けするほどあっけなく終わったやり取り。
すべてを突っぱねて拒絶するわけじゃない。相手の頼みを受け止めつつも、今の自分が抱えられる分だけは譲らない。「明日に調整してもらう」という小さな交渉こそが、お互いのちょうどいい距離を保つための、私なりの静かなトゲだったのだ。
背負い込みすぎて垂れ下がっていた首の重みが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。自分の中の拒絶感や不満を無理に消そうとせず、自分を守るためのトゲを持つこと。それは冷たい人間になることではなく、自分を損なわずに生きていくためのささやかな術なのかもしれない。
これからもきっと、またうまく断れなかったり、つい自分を責めてしまったりすることはあると思う。
けれど、庭先のデュランタの枝が風に揺れながら、自分のペースで少しずつ伸ばされていくように。
完璧に割り切れなくてもいい。揺れながら、迷いながら、自分で抱えられる分を少しずつ確かめて、生きていこう。
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