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『ここちびより』~あの日言えなかった「好き」をもう一度 ~(第4話 それぞれの春)【短編恋愛小説】


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新企画『💓あなたの恋愛談を教えてください💓思い出の恋愛を短編恋愛小説にさせていただきます』に応募してくださったthreads友達のここちさんの恋愛談をもとに作成した小説です。
今回は全12話のプチ連載小説になります。



原案:ここち
構成:執筆:のぶ
補助:ちゃぴお

※この物語はフィクションです。
 のぶ&ちゃぴおの妄想&暴走がかなり入っていることをご理解ください。


第4話 それぞれの春

 
 春が来た。

 桜の花が咲き始めた頃、私は中学一年生になった。

 ついこの間までランドセルを背負っていた私が、今は真新しい制服を着ている。

 鏡の前で制服の襟を直しながら、私は少しだけ背筋を伸ばした。

「……中学生かぁ」

 自分で言ってみても、まだ実感がない。

 でも、一つだけ変わったことがある。

 もう私は、達也くんのことを「お兄ちゃんの友達」とだけ思ってはいなかった。

 小学六年生の夏。

 達也くんに頭を撫でてもらったこと。

 言おうとして、結局言えなかった「好き」。

 あの夏の記憶は、今でも私の胸の中に残っている。

     ◇

「ともこー! 入学式、遅れるぞ!」

「分かってる!」

 兄に呼ばれて、私は慌てて玄関へ向かった。

 新しい制服。

 新しい鞄。

 そして、新しい学校生活。

 私は靴を履きながら、ふと玄関に置かれた古い写真に目を留めた。

 兄と、その友達たちが写っている写真。

 その中に――。

 達也くんがいた。

 中学生だった頃の達也くん。

 今より少し幼い顔。

 でも、笑顔は変わらない。

「……達也くん」

 小さく名前を呟く。

「何してるんだ?」

「何でもない!」

 私は写真から目を離した。

「早く行くぞ」

「うん!」

 玄関を出る。

 春の風が吹いていた。

     ◇

 それからの毎日は、あっという間に過ぎていった。

 中学校には新しい友達ができた。

 クラスには同じ小学校だった子もいれば、初めて話す子もいる。

 部活動を始めた友達もいた。

 授業も小学校より難しくなった。

 私はそんな毎日に追われて、少しずつ達也くんを考える時間が減っていった。

 それでも。

 兄が寮から帰ってくる土曜日になると、私は何となく玄関を気にしてしまう。

「お兄ちゃん、今日誰か来るの?」

「今日は俺一人」

「……そっか」

「何だよ?」

「何でもない」

 兄は怪訝そうな顔をする。

 私は笑って誤魔化した。

 達也くんが来ないと分かって、少しだけ寂しくなる。

 でも、以前のように泣きたくなるほどではなかった。

     

 中学二年生になった。

 そして、三年生になった。

 私は少しずつ大人になっていった。

 友達の中には彼氏ができた子もいた。

「智子は好きな人いないの?」

「いないよ」

「本当に?」

「本当」

 私は笑って答える。

 でも、心の奥には一人だけいた。

 もう何年も会っていない人。

 兄の友達だった人。

 大阪から来ていた、優しい男の子。

 日和達也。

 私の初恋。

 

 高校生になった頃には、私もすっかり大人になったつもりでいた。

 恋愛の話をする友達も増えた。

 そして私自身にも、好きな人ができた。

 何度か一緒に出かけて、話をするうちに付き合うようになった。

 やがて、その人と結婚した。

 私は新しい人生を歩き始めた。

     ◇

 結婚生活は、最初から順風満帆だったわけではない。

 夫は優しいところもある人だった。

 でも、次第にギャンブルにのめり込むようになった。

「また行くの?」

「ちょっとだけだよ」

「この前もそう言ってたじゃない」

「大丈夫だって」

 最初は小さな金額だった。

 けれど、少しずつ家計を圧迫するようになった。

「今月、どうやって生活するの?」

「何とかなるよ」

「何とかならないよ……」

 私は何度も夫にやめてほしいと頼んだ。

 でも、簡単には変わらなかった。

 子どもはいなかった。

 二人で穏やかに暮らすはずだった家庭は、いつしかお金の心配をする毎日に変わっていった。

     ◇

 一方、達也くんもまた別の人生を歩んでいた。

 高校を卒業し、仕事に就いた達也くんは、やがて一人の女性と出会った。

 その女性の実家は会社を経営していた。

 達也くんは仕事ぶりを認められ、妻の実家の会社で重要な立場を任されるようになった。

 そして、やがて社長になった。

 外から見れば、順調な人生だった。

 けれど家庭では、妻のほうが強かった。

 妻は遊び好きなところがあり、会社では会長として大きな影響力を持っている。

 達也くんは社長でありながら、妻には頭が上がらなかった。

 二人の間に子どもはいなかった。

 そのため、妻の弟の息子が会社に入り、専務として将来の後継者になることが決まっていた。

 達也くんは、それを黙って受け入れていた。

     ◇

 そんな二人の人生が交わることはなかった。

 私は自分の家庭のことで精一杯だった。

 達也くんの人生について知ることもない。

 達也くんも、私がどんな人生を送っているのか知らない。

 それでも。

 何かの拍子に、ふと思い出すことがあった。

 子どもの頃の夏。

 縁側。

 蝉の声。

 そして――。

 私の頭を優しく撫でてくれた手。

「……達也くん」

 何十年も前のことなのに。

 不思議なくらい鮮明だった。

     

 年月は流れた。

 二十代。

 三十代。

 四十代。

 私はいつの間にか、人生の半分以上を生きていた。

 ある夜。

 夫はまたギャンブルに出かけていた。

 私は一人で窓の外を眺めていた。

 夜空には星が浮かんでいる。

 ふと、昔のことを思い出す。

 達也くんと過ごした夏。

 あの頃は、何も知らなかった。

 恋とは何なのかも。

 人生がどれほど長いものなのかも。

 ただ一つだけ覚えている。

 私は達也くんが好きだった。

 そして――。

 最後まで、その言葉を伝えられなかった。

     ◇

 同じ頃。

 達也もまた、夜空を眺めていた。

 会社では社長。

 けれど家では妻に逆らえない。

 そんな毎日の中で、ふと昔の記憶が蘇る。

 卓司の妹。

 小さな女の子。

 いつも自分を見ると嬉しそうに笑っていた。

「……ともちゃん」

 達也は小さく呟いた。

 あの頃。

 ともちゃんが自分をどう思っていたのか。

 達也には分からなかった。

 いや、分からないふりをしていただけかもしれない。

 ただ――。

 小学六年生になったともちゃんを、いつの間にか一人の女の子として意識していた。

 だから、あの日。

 泣いているともちゃんの頭を撫でながら、本当は言いたかった。

 好きや、と。

 けれど言えなかった。

 高校へ進学し、二人は離れた。

 それぞれ別の人と出会い、別々の家庭を築いた。

     ◇

 そして――。

 四十年近い年月が過ぎていく。

 智子はまだ知らない。

 自分の人生に、もうすぐ大きな出来事が起こることを。

 達也も知らない。

 遠い昔に胸の奥へしまった想い人と、もう一度出会う日が近づいていることを。

 あの日、言えなかった「好き」。

 それは消えたのではなかった。

 ただ――。

 長い長い時間の中で、静かに眠っていただけだった。

  
 第5話へ続く




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