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当たり前の道を、一度疑ってみる

小学校へ行く。

中学校、高校へ進む。

できれば大学へ行って、
卒業したら就職する。

働き始めたら、
少しずつ給料を上げ、
結婚して、家を買って、
定年まで働く。

もちろん、
この生き方が悪いわけではない。

多くの人が歩いてきた道だからこそ、
安心して進めるように
社会の仕組みも整えられている。

いわば、
先人たちがつくってくれた
「歩きやすい道」なのだと思う。

ただ、歩きやすい道には
一つだけ落とし穴がある。

歩き続けているうちに、

「なぜ自分は、
この道を歩いているのだろう」

と考えなくなることだ。

大学へ行くのも一つの選択なら、
行かないのも一つの選択だ。

会社に勤めるのもいいし、
起業してもいい。

一つの場所で長く働いてもいいし、
途中でまったく違うことを始めてもいい。

昔なら難しかった生き方が、
時代が変わって
現実的な選択肢になっていることもある。

それでも私たちは、

「普通はこうする」
「みんなそうしている」
「そういうものだから」

という言葉に、
思っている以上に影響されている。

この言葉は便利だ。

自分で考えなくても、
次に進む方向を教えてくれる。

でも、

「選択肢の中から選んだ人生」と、
「選択肢があることさえ考えなかった人生」は、
同じではない。

敷かれたレールを
降りる必要はない。

その道が自分に合っているなら、
そのまま歩けばいい。

ただ、ときどき立ち止まってみる。

「なぜ、私はこれをしているんだろう」

「今も、本当にこれを選びたいのだろうか」

「ほかの道はないのだろうか」

答えが同じなら、
また歩き出せばいい。

大切なのは、
レールから外れることではない。

自分が歩いている道を、
自分で選び直すことだと思う。

人生を整える時間とは、
何かを決める時間だけではない。

当たり前だと思っているものを、
もう一度疑ってみる時間なのかもしれない。

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