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青い空、透明な一粒

仕事帰りの電車の中で、
一冊の小説を開いた。

けれど
読み始めてすこしして、
ああこれはいけない、と思って
小説をパタンと閉じた。


高校生の頃、
あれはたぶん夏休みの出校日か
何かだったのだと思う。

いつもは混んでいるはずの
電車が空いていて、

私の目の前には、
開いた文庫本を
顔の高さまで持ち上げて読む、

いかにも
図書館がよく似合いそうな
穏やかな雰囲気を纏った
若い女の人が座っていた。


しばらく
電車に揺られていると、

本のページを
じっと見つめる
その女の人の瞳から、
ぽろっと
透明なしずくが落ちるのを
偶然目にした。


その人の
背後に広がる
窓の向こう側の真っ青な空と、
こぼれ落ちた透明な一粒。

当時、その情景を見て
“なんて美しいんだろう”
と思ったことを
今でもよく覚えている。


さて
冒頭の話に戻るのだけれど、

読み始めた小説を
私がパタンと閉じたのは、
そのまま読み進めると
きっとその世界に引き込まれて
泣いてしまうような予感が
したからだ。


家に帰り
窓際に椅子を置いて本を開いたら、
案の定 予感通りになった。

その小説は
読み終えたあとも
じんわりと余韻をひき、

そのまましばらく
窓から音もなく入る風にあたりながら、
真っ黒な空と
そこにぽっかりと浮かぶ
白く滲む月を眺めていた。



◾️読んだ小説:
『ラストレター』岩井俊二



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