noteで「バズる」は狙えない|200記事書いて気づいた発信の本質
こんにちは、エイトです✌️☺️
「バズりたい」
発信活動をしている人なら、
一度はそう思ったことがあるはずです。
たくさんの人に読まれて、
スキが何百、何千とつく。
仕事の依頼が来たり、
収益が大きく動いたりして、
日常そのものが変わっていく。
そんな光景を、
私も何度か目にしてきました。
でも今の私は、
バズを狙って記事を書いていません。
それはあきらめたからではなく、
書き続けてきた中で、
少しずつ見えてきたものがあったからです。
バズとは何か
そもそも「バズる」とは、
英語の「buzz」が語源です。
ハチがぶんぶんと飛び回る音や、
人々がざわめく様子を表す言葉が由来です。
インターネット上で特定の投稿が
短期間で急速に広まり、
多くの人の注目を集める現象のことを指します。
注目すべきは、
バズには明確な基準がない
という点です。
普段10人しか読んでいない記事が
100人に読まれてもバズと言えるし、
1万人のフォロワーを持つ人が
100万回表示されてもバズと言える。
つまりバズとは絶対的な数字ではなく、
自分の普段との比較で生まれる
相対的な跳ね上がりのことでもあります。
ただ私が思うバズは、
数字だけの話ではありませんでした。
仕事の依頼が来る、
収益が大きく動く、
生活や人生のステージそのものが変わる。
日常に影響を及ぼす現象として、
私はずっとバズを捉えてきました。
天文学的な数字を見た日
noteを続けていると、
スキが1000を超える記事、
中には1万を超えるものを
目にすることがあります。
私がスキ3桁で喜んでいた頃、
そういう記事を
見てしまったことがありました😰
正直に言うと、
馬鹿らしくなりました。
自分が積み上げてきたものが、
一瞬で霞んでいくような感覚です。
でもあとから冷静に調べてみると、
スキ500以上はnoteの中でも
かなりハードルが高く、
フォロワー数が上位のクリエイターでも
超えられないことが
多い水準だということがわかりました。
それを知って少し落ち着いたのですが、
同時にこんな問いが生まれました。
上を見ればきりがない。
では、何を基準に自分の発信を
評価すればいいのか。
バズは狙って起こせない
7年以上、
さまざまなプラットフォームで
発信活動をしてきました。
その経験から感じているのは、
バズは宝くじに近い、
いやそれ以上に難しい現象
だということです💦
渾身の記事がスルーされて、
何気なく書いたものが予想外に広まる。
そういうことが、
あらゆるプラットフォームで
何度も繰り返されてきました。
しかも厄介なのは、
なぜ伸びたのかを言語化できない
という点です。
アルゴリズム、
投稿のタイミング、
読者の感情、
初動のスキ数。
原因を細分化すればするほど、
「これが決め手だった」
とは言い切れなくなっていく。
だから他人の成功法則も、
自分には当てはまらないことがほとんどです。
アルゴリズムは変わり続け、
読者の感情は予測できず、
タイミングは再現できない。
他人と自分では、
発信の文脈も属性も違う。
バズの方法論を売っているコンテンツは、
再現不可能なものを
再現可能であるかのように
見せているだけかもしれない。
そう気づいてから、
バズを「狙う」という発想そのものが、
少しずつ薄れていきました。
noteという場所の、静かな強み
バズを狙えないなら、
発信活動に意味はないのか。
そうは思いませんでした。
なぜなら、
noteはストック型のプラットフォーム
だからです。
Xのような場所では、
昨日の投稿は今日には埋もれていきます。
フロー型は流れていく場所です。
でもnoteは違います。
記事が資産として残り続ける。
1年前に書いたものが今日誰かに読まれて、
そこからフォロワーになったり、
購読につながったりする経路があります。
つまりnoteにおけるバズは、
一瞬の爆発よりも、
じわじわとした臨界点として
現れやすい構造を持っています。
積み上げるほど、
可能性がゼロではなくなっていく。
それが、
200記事を超えた今も、
私がnoteを書き続けている理由の一つです。
本当の手応えは、数字じゃなかった
8ヶ月書き続けてきた中で、
「届いた」と感じた瞬間が
何度かありました。
温かいコメントをもらえた時。
そして、
一人の読者が過去の記事を
次々と辿って読んでくれたのか、
一度に複数のスキが連続して押された時です。
スキの数は多くない。
でも、
その人が自分の世界に入ってきた、
という感覚がありました。
これって、
バズとは全然違う種類の「届いた」です。
バズは広く薄く広がる花火のようなもの。
でもこういう手応えは、
一人の人間の中に
静かに根を張っていくような感覚です🌱
そしてそれが積み重なることで、
記事が少しずつ資産になっていく感触が
生まれてきました。
狙わない発信が長く続く
私はおそらく、
バズを狙うタイプではありません。
こつこつと地味に積み上げていくタイプです。
でも今はそれを、
弱点だとは思っていません。
瞬発力で勝負するXやInstagramは、
バズを狙う人に向いた場所かもしれない。
でもnoteは、
じわじわ積み上げるタイプの人間が
時間をかけて本領を発揮できる
プラットフォームだと感じています。
バズは今も遠い存在です。
狙っても掴み取れるものではないし、
いつ起きるかも誰にもわからない。
でも書き続けることはできる。
種を植え続けることはできる。
乾いた土壌でも、
種を植え続けなければ何も起こらない。
バズを待つのではなく、
バズが起きても起きなくても
揺るがない発信を積み上げていく。
今の私には、
それが答えのように感じています。
まとめ
バズへの憧れは、
発信者なら誰もが持つ
自然な感情だと思います。
でもバズは狙えない。
再現性もない。
他人の方法論も、
自分にはそのまま使えない。
それでもnoteというプラットフォームは、
積み上げた記事が
静かに資産化されていく場所です。
一人の読者が複数の記事を辿ってくれる。
温かいコメントが届く。
そういう小さな手応えの積み重ねが、
バズとは違う形で「届いた証拠」になっていく。
バズは花火。
でも積み上げた記事は、
根を張り続ける。
派手ではないけれど、
長く続く発信の方が、
最終的には遠くまで届くのかもしれません☺️
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バズと同じように、
ファンも狙って作れるものではありません。
その話はこちらに書きました👇️
このnoteについて、
詳しく知りたい方はこちら👇
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