「子どもが「パパおかえり」と言ってくれる期間は、たった8年。だから僕は自分時間を手放した」
パパに「自分時間」は必要か?
子どもに「パパおかえり!」と言わせるために、
僕は自分時間を手放した。
「子どもが生まれる前のような時間が欲しい」。
ずっと思ってた。
だから子どもが寝た後にこっそり自分の時間を作ってた。
ゲームをしたり、ぼーっとスマホを見たり。
誰にも邪魔されない、静かな時間。
それが唯一の「逃げ場」だった。
でも最近、その時間の大切さがわからなくなってきた。
いや、正確に言うと——その時間が、昔ほど必要じゃなくなってきた。
なぜかって? 玄関を開けた瞬間に、子どもが全力で走ってきて
「パパおかえり!」って抱きついてくるから。
あの瞬間の重みを知ってしまったら、もう昔には戻れない気がしてる。
1. パパが「自分時間がない」と感じる正体
子どもが生まれてから、時間の使い方が激変した。
仕事から帰れば育児。休日は家族優先。
夜は子どもの寝かしつけで一緒に寝落ち。
気づいたら「自分のための時間」がほぼゼロになっていた。
これは決して珍しいことじゃない。
多くのパパが感じている感覚だと思う。
でも、ちょっと立ち止まって考えてみてほしいんだけど
——「自分時間がない」という感覚の正体って、何なんだろう?
実はそれ、「時間が消えた」じゃなくて、**「使い方が変わった」**だと思う。
子どもが生まれる前、自分時間は「娯楽のための時間」だった。
趣味、ゲーム、ダラダラ、友人との飲み会。
誰にも縛られない自由。
それが当たり前で、それが「普通」だと思ってた。
でも子どもが生まれてから、その「普通」が消えた。
失ったんじゃなくて、ステージが変わった。
それだけのことなのに、僕たちはそれを「損失」だと錯覚しやすい。
なぜかというと、比較する対象が「過去の自分」だから。
過去と比べれば、今は制限だらけに見える。
でも今のステージで見れば、それは当たり前の変化なんだよね。
2. 子どもに「パパおかえり」と言わせることの重み
Threadsでこんな投稿を見かけた。
「仕事から帰ってきた疲れた体で、子どもが『パパおかえり』と言ってくれる。その喜びに、一日の疲れが吹き飛ぶ」
読んだ瞬間、「あ、これだ」って思った。
毎日のことだから当たり前になってるけど、
「パパおかえり」って言ってもらえるのは、本当に限られた期間だけだよね。
子どもが小学校高学年になれば、もう全力で玄関に走ってくることはない。中学生になれば、むしろ目も合わせてくれない日が来るかもしれない。
今この瞬間、「パパ!」って顔を輝かせて抱きついてきてくれるのは
——今だけ。
それを知ってから、僕の中で何かが変わった。
疲れて帰ってきた日も、子どもが「パパおかえり!」って来てくれると、
その疲れがどこかに消えていく感じがする。
あの子どもの笑顔と声は、
何にも代えられない"生きてる実感"を与えてくれる。
自分時間と引き換えにしても、余りある価値がある。
そう思えるようになってきた。
3. 自分時間 vs 子どもとの時間——パパが比較してはいけない理由
「自分時間」と「子どもとの時間」を天秤にかけてしまうパパは多いと思う。
正直に言うと、僕もそうだった。
「子どもが寝てから1時間だけ自分の時間が欲しい」
「週末くらい一人の時間をくれ」って。
でも、この2つは比較するものじゃないって気づいた。
自分時間は「消耗を回復するための時間」。
子どもとの時間は「何かを積み上げていく時間」。
全く別の種類の時間なのに、同じ土俵で比べようとするから苦しくなる。
ここで、ある読書メモが刺さった。
「主体性を持つことで、人生に"主人公感"があふれる」
自分時間がなくなることを「奪われた」と受け身で感じるか、
「今の自分はこの時間を選んでいる」と主体的に捉えるか
——その違いだけで、同じ状況が全然違って見えてくる。
子どもとの時間を「仕方なく過ごしてる」じゃなくて、
「今の自分が選んで大切にしてる時間」にする。
それだけで、自分の人生の"主人公"に戻れる気がした。
4. 人生のステージは変わる。いま必要な自分時間は、昔のそれではない
もう一つ、刺さった言葉がある。
「ゴールは存在しない。昨日の自分を超える1%の積み重ねが大事」
これ、自分時間にもそのまま当てはまると思った。
「昔みたいな自分時間を取り戻したい」
——これ、ゴールの設定が間違ってる。
昔の自分時間は、「あの頃の自分」に必要だったもの。
今の自分に必要な時間は、もう別のものになってるはずなんだよね。
たとえば今の僕にとっての自分時間は、
子どもが寝た後の時間でnoteを書く時間だったり、
朝の家族が起きる前の静かな時間に本を読む時間だったり。
昼休憩はジャーナリングなどノートに書き込む時間
「娯楽」じゃなくて、「成長」や「内省」のための時間。
それが今の自分に必要な自分時間だと気づいてから、
「時間がない」って不満がずいぶん減った。
ステージが変わったなら、必要な時間の定義も変えていい。
昔の自分と比べなくていい。
今の自分に合った時間の使い方を、主体的に選べばいい。
5. 親になって初めて、「生きてる実感」を感じた
これ、正直に言う。
子どもが生まれる前、僕は「自分のために生きること」が幸せだと思ってた。
好きな時に好きなことをして、誰にも縛られない。
それが自由で、それが幸せだと。
でも今は違う考えを持ってる。
「自分より大切なものができること」が、
実は人生を豊かにするんじゃないか——そう思ってる。
子どもに「パパおかえり」って言ってもらえる毎日が、
仕事への活力になってる。
子どもに「なんでなの?」って聞かれる問いが、
自分の思考を深めてくれる。
子どもの笑顔が、「今日も頑張ってよかった」って思わせてくれる。
これ全部、子どもがいなかったら一生知らなかった感覚だと思う。
自分時間を手放した分、確かに失ったものはある。
でもその代わりに、
もっと深いところにある「生きてる実感」を手に入れた気がしてる。
まとめ:自分時間がないことは、損失じゃない
パパになって自分時間が減るのは、ステージの変化であって損失じゃない。
「パパおかえり」と言ってくれる期間は、本当に短い。
今この瞬間、全力で走ってきてくれる子どもとの時間は——今しかない。
昔みたいな自由な時間が欲しいと思うこともある。
でも今の自分に必要な自分時間は、昔とは形が違う。
主体的に「今の自分に合った時間」を選んでいけばいい。
人生に主人公感を持てるのは、誰かのために動いている時間の中にもある。
ゴールは昔の自分に戻ることじゃなくて、
昨日の自分より1%だけ豊かに生きること。
子どもが「パパおかえり」と言ってくれる今日も、そのための大切な1日だと思う。
たまパパの幸せ研究所🍀
