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おばちゃんは年齢を指す言葉じゃない

近頃は、年齢不詳の人が増えた。

年齢と見た目が一致しない人も多いし、
「素敵だな」と思う人もたくさんいる。

私は、年齢相応でいいと思っている。
でも、綺麗に越したことはないし、
「可愛い」も好きだ。

そんなことを考えながら、ふと思う。

子どもから見たら、私はきっと「おばちゃん」なんだろうな、と。

娘は小学二年生。

私は同年代と比べると子どもが少し小さい。

娘の友達と話すとき、以前は自分を「おばちゃん」と呼ぶことに少し抵抗があった。

でも、今は妙に納得している自分がいる。

そもそも、誰かのお母さんというだけで、「おばちゃん」という役割に片足を踏み入れている気がするからだ。

それは、年齢とも、見た目とも、「私はまだ若い」という気持ちとも関係ない。

子どもにとっては、
誰かのお母さんは「おばちゃん」。

ただ、それだけなのだ。

そう思えるようになってから、「おばちゃん」という言葉の印象が変わった。

子どもたちの前では、おばちゃんでいい。

会社では仕事をする私。

友人の前では気の合う私。

親の前では娘の私。

夫の前では、可愛いと思っていたい私。

人は、相手によって自然と役割を使い分けて生きている。

だから、おばちゃんであることと、自分らしく可愛くいることは、何も矛盾しない。

そして、「若さ」にも二種類あるのだと思う。

一つは、年齢や身体機能などで測れる、
科学的な若さ。

もう一つは、自分がどう生き、どう感じるかという主観的な若さ。

年齢は、時を刻むもの。

でも、若さは、自分で決めてもいいものなのかもしれない。


これは主軸の観測ではないけれど

#観測記録

#言葉の魔法 (少し違う温度の観測)


——  

静かに観測を続けています。

この記録が触れたなら、

別の角度からの観測は

プロフィール記事からどうぞ🕯


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2025.8.3note開始

今日で289日連続投稿。

381記事目。


まだ、途中。




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