21歳、知らない土地へ嫁いだ日
21歳。
わたしは、生まれ育った京都を離れた。
そう、アルバイト先で出逢った社員さんに
プロポーズされたのだ。\(^o^)/
彼が地元に帰るなら、わたしも着いていく!
そんな感覚だった。
わたしにとって地元は、窮屈だった。
「京都から出るなんて」
「市内にいなさい。」
親族一同 口を揃えてそう言った。
その反対も押し切って、
嫁いだ先は、福井県の鯖江市。
そのときのわたしはワクワクで溢れ
新生活に胸踊らせていた。今日から人妻だ。
観光地でもない。
知り合いもほとんどいない。
言葉のイントネーションも、空気の流れも、違う。
それでも、
「この人と生きていく」と決めたから、
知らない土地へ行くことも、自然な流れのように思えた。
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京都のど真ん中で育ったわたしにとって、
福井県の生活は全てが新しかった。
人通りの少ない道。
聞き慣れない方言。
教習所以来の車に乗り、運転の練習から始めた。
スーパーの名前、位置を覚えることから始めた。
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実家の120坪の家業から、
まったく違う環境へ。
でも、
知らない土地に来たからこそ、
“わたしはどう生きたいのか”を
ちゃんと考える時間ができたのかもしれない。
何も無い状態こそが、一からの自分を作り上げるきっかけとなったのかもしれない。
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21歳。
まだ大人になりきれていないようで、
でも確実に、自分で人生を選んだ日。
あの日の決断がなければ、
いま5坪の店に立っているわたしも、
きっといない。
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知らない土地に嫁ぐということは、
少しだけ勇気がいる。
でも同時に、
“自分をもう一度つくり直せるチャンス”でもあった。
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福井に来たあの日、
わたしは、人生の第二章を静かに始めたのだと思う。
ー今後の投稿(予定)ー
京都市ど真ん中。120坪の家業の中に生まれて「嫌じゃないけど嫌だった」小・中・高の不登校時代専門学校へ進んだ先で感じた、違和感だらけの日々働くことが「すき」な自分21歳、知らない土地へ嫁いだ日正社員で働き続けた、理由
狂いだす「人生」。迷子になった「自分」。
「育休復帰はしません」と言った日のこと
決断から半年で辿り着いた、起業・開業
全部で5坪、店頭はたった1.5坪に詰まった世界
「住所非公開」にして、見えたこと
ひとりで店を営む、という選択
「すき」を生業にするということ。
オープンから1年半、過去最高売上を更新し続ける
そこで見えた、景色とは。
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