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雨量計は、風土を測れない。

800ミリの雨が降った屋久島で、自治とメディアについて考えた


2026年9月5日、午前5時10分。

屋久島に「レベル5土砂災害特別警報」が出た。

24時間雨量は500ミリに迫り、観測史上1位を更新した。

朝、テレビをつけると全国ニュースで屋久島の様子が伝えられていた。

「レベル5」
「命を守る行動を」
「すでに災害が発生している可能性が極めて高い」
「線状降水帯」

繰り返される言葉と、警戒を呼びかける声。

知り合いからもたくさん安否確認の連絡をいただいた。
心配していただけるのは、本当にありがたい。

確かに、すごい雨は降った。

我が家も雨漏りして、玄関の天井が落ちた。

だけど、実際にこの島にいて感じていたのは、

「久しぶりによく降ったなぁ」

というのが正直なところだった。

皆さんが知っている通り、屋久島は「雨の島」だ。

日本でも有数の雨が降る。

花崗岩が隆起してできた島は、海から一気に標高2,000m近くまで立ち上がっている。

山に降った雨は、急峻な沢や川を駆け下り、海という無限のバケツへ流れ込んでいく。

土壌は薄く、岩が多い。
平地も少なく、決して農業に向いている土地とは言えない。

それでも人は、この島で何千年も暮らしてきた。

今、世界中で人々が水に翻弄されている。

ネパールでの土石流。
千葉や福井、東北での豪雨。

その一方で、岐阜や四国、九州北部では雨不足に悩まされる。

同じ「水」が、ある場所では多すぎて人を苦しめ、ある場所では足りなくて人を苦しめる。

初めて屋久島へ来た人は、緑の多さと道路の少なさに驚く。

僕が「屋久島らしいなぁ」と感じる風景のひとつは、実は縄文杉でも白谷雲水峡でもない。

山へ向かう道路の途中だ。

多くの観光客は縄文杉や白谷雲水峡などの有名な場所を目指して山へ上がっていく。

だけど、その途中で少し車窓を眺めてみてほしい。

標高が上がるにつれて海が見え、里が見え、その間を山から海へ川が流れている。

よく見ると川の途中には水力発電所があり、里には港がある。

人が住んでいるのは、沿岸部のほんのわずかな平地だ。

宮之浦川や安房川といった大きな河川の河口付近に集落が広がっている。

山があり、
森があり、
川があり、
里があり、
海がある。

その風景を見ていると、僕は屋久島に「日本列島の凝縮」を感じる。

日本列島もまた、中央に山脈があり、森が広がり、そこから流れ出した水が勾配の強い河川をつくる。

川のそばには町や農地が広がり、沿岸には都市が発達してきた。

例えば、東京を流れる多摩川。

一般的に「多摩川」と呼ばれている川は、源流から水干沢、一之瀬川、丹波川、多摩川と名前を変えながら、東京湾まで約138キロの旅をする。

水源となる笠取山の標高は1,953m。

国内最大級の水道専用ダムである小河内ダムは奥多摩湖をつくり、東京の水瓶となっている。

源流に近い奥多摩では、古くから江戸へ木材を供給する林業が営まれてきた。

そして多摩川の流域面積は約1,240平方キロメートル。
流域人口は約403万人。

一方、屋久島で最も大きな安房川はどうだろう。

水源は九州最高峰、宮之浦岳。
標高1,936m。

多摩川の水源である笠取山と、ほとんど同じ高さだ。

だけど、その下に広がっている世界はまったく違う。

安房川の長さは約20キロ。
流域面積は約86平方キロメートル。

流域で暮らす人は、およそ1,000人。

上流部の森では、かつて屋久杉の伐採が盛んに行われ、島の林業を支えていた。

現在は世界自然遺産にも登録され、観光の中心になっている。

中流域の支流・荒川には発電用のダムがあり、水力発電は屋久島の電力の大部分を生み出している。

そして河口には飲食店や宿、商店が並び、高速船が発着する。

山から海までのわずかな距離の中に、森と林業とエネルギーと暮らしと観光が詰まっている。

二つの河川は、水源の標高はほぼ同じ。

だけど安房川は、多摩川と比べると河川の長さは約7分の1、集水域は約15分の1。

そして流域人口には約4,000倍もの違いがある。

同じ標高約2,000mから落ちた一滴の水でも、海へたどり着くまでに出会う人間の数がまるで違う。

屋久島に降った雨は、あっという間に山から川へ集まり、そのまま海へ落ちていく。

そして人が暮らしている場所は、その巨大な山塊の周囲にある、ほんのわずかな平地だ。

だからといって、「屋久島は雨に強いから大丈夫」と単純に言い切れるわけでもない。

屋久島にも、水によって大きな被害を受けた歴史がある。

1979年9月。

台風16号による豪雨で、島北西部の永田を流れる土面川で大きな土石流災害が起きた。

幸い死者は出なかったものの、多くの家屋が流失・全壊し、200軒以上が浸水した。

被災した住民たちは、これを単なる「記録的な豪雨による自然災害」とは考えなかった。

当時、土面川の上流では国有林の伐採が進んでいた。

住民たちは、森林伐採によって山の状態が変わり、それが山地崩壊や土石流につながったとして国を訴えた。

一方、国は異常豪雨による自然災害だと反論した。

裁判は最高裁まで争われ、最終的には豪雨や地形・地質による自然現象として、森林伐採との因果関係は認められなかった。

どちらが正しかったのかを、今ここで僕が決めたいわけではない。

ただ、この話には引っかかるものがある。

住民たちは、雨が降ったその日だけを見ていたわけではない。

その土地に暮らしながら、何年も山を見ていた。

森が変わっていくこと。
斜面の姿が変わっていくこと。
川の様子が変わっていくこと。

そういう小さな変化を見続けていた。

一方で、「豪雨」という数字だけを切り取れば、それは自然災害に見える。

水は雨量計の数字だけを見て流れているわけではない。

森を通り、
土に染み込み、
岩にぶつかり、
沢に集まり、
人間が手を入れた土地を抜けて、
海へ向かう。

その途中にあるすべての関係性によって、その土地の「水」はつくられている。

今回、屋久島町付近では1時間に約120ミリの猛烈な雨が降ったとみられる。

そして、安房西では総雨量が800ミリに達した。

全国的な基準から見れば、間違いなく災害級の大雨だ。

もし同じような雨が多摩川流域や都市部で降ったらどうなるだろう。

巨大な流域から河川へ大量の雨水が集まり、コンクリートに覆われた地表では水の行き場が少ない。

地下鉄や地下街、アンダーパスなど、地表より低い場所もたくさんある。

もちろん単純な比較はできない。

でも、同じ100ミリの雨でも、降る場所が違えば立ち現れる現象はまったく違う。

だから今回、テレビを見ていて少し違和感を覚えた。

「命を守る行動を」

「すでに災害が発生している可能性が極めて高い」

東京のスタジオから、何度も繰り返される警戒の言葉。

もちろん必要な情報だ。

実際、何が起きているか分からない状況では、最悪を想定して伝える必要がある。

その情報によって守られる命もある。

だけど、現地リポーターへ中継が振られたとき、少し面白いやりとりがあった。

たぶんスタジオ側は、

「屋久島は今、とんでもないことになっています」

というようなコメントを期待していたのだと思う。

ところが現地から返ってきたのは、

「屋久島では各集落で大雨への備えがされていて、住民はそこまで慌てていない」

というような内容だった。

それに対して、なんとも煮え切らないように見えたスタジオの空気。

そこに僕は、全国から見える屋久島と、実際にここで暮らしている人が見ている屋久島との温度差を感じた。

正直、東京のスタジオから地方の雨を伝えるというのは、とても難しいことなのだと思う。

水は地形に沿って流れる。

その土地の傾斜。
地質。
土壌。
森林の状態。
川の形。
ダムの有無。
そして、人がどこに、どのように暮らしているのか。

それらが積み重なって、その土地の水の風景、つまり「風土」がつくられていく。

南北に長い日本列島では、当然それが場所によって違う。

都市部のコンクリートに覆われた土地と、森が残る地方では違う。

水源が人工林なのか天然林なのかでも違う。

同じ屋久島の中ですら違う。

だから同じ雨量でも、起きる現象は同じではない。

治水は、雨の多い日本で昔から人々が向き合ってきた課題だ。

昔から「暴れ川」と呼ばれる川があり、それぞれの土地に、それぞれの水との付き合い方があった。

前置きがずいぶん長くなったけれど、僕が言いたいのはここからだ。

全国共通の数字を、その土地の風土へ翻訳する力。

それが自治には必要なのではないだろうか。

気象庁の情報も、全国ニュースも必要だ。

「800ミリ」という数字は、屋久島に住んでいる僕たちだけでは見えない大きな変化を教えてくれる。

でも最後に、

この雨で、この集落はどうなるのか。

この川はどこまで増えるのか。

あの斜面は大丈夫なのか。

どこへ逃げればいいのか。

それを判断するには、数字だけでは足りない。

その土地を知っている必要がある。

リポーターが言っていた、

「各集落で雨への備えがある」

という言葉が僕にはとても印象的だった。

屋久島では「集落」という単位が、ある意味で流域の単位でもある。

山が海まで迫り、その間に小さな集落が点在している。

それぞれに川があり、沢があり、地形があり、海がある。

だから、一概に全国共通の数字だけで判断するのではなく、その場所の特性や歴史を知る人たちが判断することが大切なのだと思う。

もちろん、土地の経験だけでも足りない。これまで降らなかった雨が降る時代に、経験だけを頼りにすることもまた危うい。

そのうえで、必要なのは数字を風土へ翻訳することなのだと思う。

「すでに土砂災害が発生している可能性があります」

テレビから聞こえてくるその言葉も、もちろん間違ってはいない。

実際、雨の後の川は泥水になっていた。

上流で道路が崩れているかもしれない。
山のどこかで斜面が落ちているかもしれない。

心配にはなる。

ただ、幸いなことに、その山の奥にはもうほとんど人は住んでいない。

自然の厳しさが、人を山の奥へ住ませなかった島。

屋久島に残る縄文時代の遺跡も、多くは海に近い場所にある。

人間は自然を征服して、この島に住んできたわけではない。

ここには住める。

ここには住まない。

ここは雨の日に危ない。

この川はこういう増え方をする。

長い時間をかけて、人間の側が自然から教わりながら、暮らす場所を選んできた。

「自然と共に生きる」

ありふれた言葉だけれど、この大雨の中で、その意味を少しだけ見た気がした。

それは自然を愛することでも、
自然を守ることでもない。

自然は、ときに圧倒的に怖い。

水がどこから来て、どこへ流れるのか。

どこが崩れ、どこなら人が暮らせるのか。

雨が降ったとき、誰の言葉を聞き、誰と声を掛け合うのか。

そういう土地の癖を知りながら暮らすことなのだと思う。

防災も自治も、水の流れのように極めてローカルなものだ。

そして、そのローカルな知恵を守り、育て、次の世代へ伝えていくこと。

それが離島をはじめ、地方で自然と共に生きる人たちの役割なのだと思う。

全国に流れる大雨報道は、一体誰のためのものなんだろう。

そんなことも考えた。

マスメディアには、全国を俯瞰する役割がある。

でも、その場所で今何が起きているのかを知っているのは、そこにいる人たちだ。

事件は会議室ではなく現場で起きている、という有名な言葉がある。

災害もまた、

数字の中ではなく、

風土の中で起きている。

800ミリという雨が、
この山に降ったらどうなるのか。

この川に集まったらどうなるのか。

この集落ではどこへ逃げるのか。

その答えは、東京のスタジオにはない。

現場にある。

森を見ている人。

川を見ている人。

海を見ている人。

そこで何十年も暮らしてきた人。

その土地で生きる人間が、その土地を見る目を失わないこと。

そして、その目で見たものを、自分たちの言葉で伝えていくこと。

それもまた、自治なのだと思う。

屋久島は雨には強い。

というより、

屋久島の人は、雨を知っている。

それより僕にとっては、僻地医療のことや、老朽化する船のこと、教育や人口減少のことの方が、この島で暮らし続けていく上ではずっと切実だったりする。

それも全国ニュースの画面からは、なかなか見えてこない。

何がこの土地にとって本当の危機なのか。

何を守り、何を伝えなければいけないのか。

島民による、島民のための自治とメディア。

そんなものの大切さを、

皮肉にも今回のマスメディアの大雨報道から垣間見た。


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