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竹取物語を、五感で読み始める|導入の3場面

AIと感性のあいだに、
小さな共鳴が生まれる場所。

clu(クラ)の世界へ、ようこそ。



前回、

「100万回再生の時代に、古典を読む」

という記事を書いた。


▶ 前回の記事

100万回という「広がる速さ」と、
千年以上という「残り続ける時間」。



そんなことを考えながら、

専門家としてではなく、
令和を生きる一人の素人として、

もう一度、古典を読んでみようと思った。



最初に開いたのは、

『竹取物語』。

今回は、その続きを少しだけ。


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先に、音を置いてみました


『竹取物語』を読みながら、

竹を切る音。

風で竹林が揺れる音。

人が歩く音。

衣の擦れる音。

月夜の静けさ。



そんな、物語には直接書かれていない「音」まで想像するようになった。



もちろん、

「当時、こういう音がしていた」

と再現したものではない。



原文を読みながら、
令和にいる私の頭の中に浮かんだ、



妄想Sound。


同じStyleをもとに生成した10曲を、約30分のBGMにまとめている。


よろしければ、音を小さく流しながら。



文字と音のあいだを、ゆっくり歩いていただけたらと思う。

『竹取物語と、令和の承認』|30分BGM


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原文は、まだうまく読めない


今回読んでいるのは、

『竹取物語(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』

という一冊。


訳文、原文、寸評、コラム。

初心者でも行き来しながら読める構成になっている。

原文を読んでみる。


……読みにくい。

PCで打ってみても、
普段使わない文字や言葉に指が止まる。


声に出してみても、
現代の文章を読むようには、なかなか身体に入ってこない。


ところが、

訳文を読む。

寸評を読む。

もう一度、原文を見る。


すると、

さっきまで遠くにあった言葉が、
ほんの少しだけ近づいてくる。


そんな感覚があった。

また不思議なのが、

読む場所を変えると、感じ方まで少し変わること。


昼と夜。

静かな場所と、人のいる場所。


もしかすると古典は、

意味を理解するだけではなく、

どこで、どんな状態で読むか

によっても、見える景色が変わるのかもしれない。


今回は、その中で特に引っかかった
導入の3つの場面だけを拾ってみたい。


※以下、現代語訳・寸評は内容を一部要約し、原文は一部を引用しています。
参考:『竹取物語(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典


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1|竹の中で光る、小さな女の子


ある日、竹取の翁が、

根元の光っている一本の竹

を見つける。

中を見ると、

そこには三寸ほどの、とても美しい女の子が座っていた。

【原文から】

筒の中光たり。
それを見れば、三寸ばかりなる人、いと美しうて居たり。

参考:『竹取物語(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』

ここで、読む手が止まった。


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〖私なりの感想〗


気になったのは、

「光る竹」

だった。



その光は、どんな色だったのだろう。

白なのか。

金色なのか。

月明かりのような、淡い光なのか。



そして、この場面は何時だったのだろう。

朝。

昼。

夕暮れ。

夜。



原文からすぐにはわからないことまで、想像したくなる。



もし夜だったら。

暗い竹林の中で、一本だけ竹が光っている。



その中をのぞくと、

手のひらに乗るほどの、小さな女の子がいる。



かなり幻想的な画になる。

でも、視覚だけではない。



竹を切ったときの音。

竹林を抜ける風。

竹の青い匂い。

翁の息遣い。


Je me demande quelle expression la fille avait sur le visage.


女の子は、どんな表情をしていたのだろう。

驚いていたのか。

笑っていたのか。

それとも、

最初からすべてを知っていたような顔をしていたのか。



寸評を読むと、

竹の強い生命力や、古代の信仰とのつながりにも触れられている。



そうなると、

単なるファンタジーとして読んでいた場面が、

当時の人々が自然に感じていた神秘とも、どこかでつながってくる。



最初の数行なのに、

もう、音と色と匂いが気になってしまった。


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2|「なよ竹のかぐや姫」と名づけられる


やがて、

小さかった女の子は成長する。

そして、

三室戸忌部の秋田という人物に、名をつけてもらう。

その名が、

「なよ竹のかぐや姫」

だった。


【原文から】

秋田、なよ竹のかぐや姫と付けつ。

参考:『竹取物語(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』


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〖私なりの感想〗


ここを読んで、

「かぐや姫という名前は、こうしてついたのか」

と、少しすっきりした。



でも、

わかると、また疑問が生まれる。

「なよ竹」には、どんな想いが込められていたのだろう。



ほかの名前の候補もあったのだろうか。



そして、かぐや姫自身は、

成長してから自分の名前の由来を聞いたのだろうか。

自分の名前を、どう感じていたのだろう。



さらに、

今の私なら「名前をつける」と聞けば、

出生届だったり、

PCやスマートフォンに文字を入力したりする場面が浮かぶ。



でも、この時代は違う。

筆なのか。

墨なのか。

どんな紙だったのか。


De quel type de papier s'agissait-il ?


そもそも、

現代でいう「命名書」のようなものがあったのだろうか。

紙があるなら、どんな手触りなのだろう。

文字には、どんな癖があったのだろう。



名前そのものから、

いつの間にか筆や紙の世界まで想像している。



こういう脱線も、

古典を読む面白さなのかもしれない。


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3|見えない姫を求めて、群がる人たち



美しく成長したかぐや姫。

その評判を聞きつけ、

多くの男たちが集まってくる。



けれど、

簡単には姿を見ることができない。



それでも彼らは、

夜も眠らず、

垣根や門の隙間から中を見ようとする。


【原文から】

夜は安き寝も寝ず、
闇の夜に出でても、穴をくじり、垣間見、惑ひあへり。

参考:『竹取物語(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典』


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〖私なりの感想〗


ここを読んで最初に浮かんだのは、

「ものすごい人気だな」

だった。



少し乱暴に現代へ置き換えれば、

アイドルや有名人のようにも見える。



ただし、

今のように写真もない。

動画もない。

SNSもない。

スマートフォンもない。



見たければ、

その場所へ行くしかない。



それでも、

姿を見ることができない。

だから、ますます見たくなる。


Ça me donne de plus en plus envie de le voir.


そう考えると、

「見えないこと」そのものが、

想像を膨らませていたのかもしれない。



現代は、

見せることの多い時代だと思う。

写真。

動画。

ライブ配信。

プロフィール。

日常。

たくさん見せることで、
その人を身近に感じることができる。



一方で、

見えないからこそ惹かれるもの

もある。



かぐや姫の姿が簡単には見えなかったことも、

彼女の存在をさらに大きくしていったのだろうか。



そんなことを考えた。

そしてもう一つ面白かったのが、

「よばひ」という言葉。



寸評では、その語源や、物語の中での言葉遊びにも触れられている。



千年以上前の物語なのに、

少し笑わせるような仕掛けまで入っている。



古典というと、

どこか難しくて、堅いもの。



そんなイメージも持っていたけれど、

実際に読んでみると、

意外と人間臭い。


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まだ、入口に立ったばかり



今回は、

『竹取物語』の導入から、

3つの場面だけを拾ってみた。



竹が光る。

名前がつく。

人々が集まり始める。



物語としては、

まだ入口である。



それなのに、

すでにたくさんの疑問が生まれている。

光る竹は、何色だったのだろう。

竹林には、どんな音があったのだろう。



「なよ竹のかぐや姫」という名前を、
本人はどう受け止めたのだろう。

紙や筆は。

夜の暗さは。

見えない人を想う感覚は。



そして、

現代の私たちと何が同じで、
何が違うのだろう。


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古典を、五感で再訪する


原文をすらすら読めるわけではない。



歴史にも、

古典文学にも、

詳しいわけではない。



だから、

正しい意味や背景については、
訳文や解説に助けてもらう。



その上で、

書かれていないところに少しだけ余白をつくる。

どんな音だったのだろう。

どんな色だったのだろう。

どんな匂いだったのだろう。

どんな手触りだったのだろう。



そして、

そのとき、人は何を感じていたのだろう。

そんなふうに読んでいると、

古典を「勉強している」というより、

遠い時代を、

今の自分の五感で少しずつ再訪しているような感覚になる。



タイムスリップ、と言ってもいいのかもしれない。

ただし、

千年前の人になるのではなく、

令和を生きている今の自分のまま、千年前へ行ってみる。



そんな読み方。


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言葉をつなぐ、小さなバトン



そういえば、この記事にはもう一つ、
小さなきっかけがあった。

かえるこ | Kaeruko さん
(Kaerukoちゃん)から受け取っていた、

「#エッセイしりとり」

というバトン。


前の記事のタイトル、
「踏み方」の最後の音である

「た」

から始めるというものだった。



何を書こうかと考えていたけれど、

気がつけば今回のタイトルは、

「竹取物語を、五感で読み始める」

だった。



竹取物語の、

「た」。

無理に合わせたつもりはなかったので、
少し面白い。


Kaerukoちゃんの記事には、

韻は、音をつなぐ。
しりとりは、言葉をつなぐ。
ペイ・フォワードは、ありがとうをつなぐ。



そんな言葉があった。


今回、私が古典を読みながらしていることも、

昔の言葉を、
今の言葉へ。

文字を、
音や色へ。

千年前の物語を、
令和を生きる自分へ。



少しずつ「つないでいる」のかもしれない。

そう思うと、

このバトンも、
思いがけないところで
『竹取物語』につながった。


Kaerukoちゃん、
素敵なきっかけをありがとうございます。

▶ Kaerukoちゃんの記事
「一緒にしちゃいけない。ダジャレとオシャレな韻の踏み方」

今回は、
この場所でそっと受け取っておこうと思う。



この先も、少しずつ



まだまだ、

紹介したいところはたくさんある。

求婚者たち。

翁。

かぐや姫。

そして帝。


読み進めるほど、

「主人公は本当に、かぐや姫だけなのだろうか」

という疑問まで出てきた。



さらに、

手紙。

月。

水。

火。

暮らし。

声。

音。

色。


一つ掘ると、

その下から、また別の問いが出てくる。



井戸を少しずつ掘っているようでもある。



今回は、
この場所でそっと受け取っておこうと思う。



だから今回は、

無理に答えを出さない。



導入の3場面で、

一度ここに置いておこうと思う。



100万回再生の時代に、古典を読む。

まだ始まったばかり。



次は、

もう少し深いところまで。

ゆっくり掘ってみたい。


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